▽信じるきもちは、報われない?

1.

「駆人くんっ!」


 呼びかけると、体育倉庫の壁にもたれていた彼が、ゆっくりこちらを向く。


「なんだ、お前か」


 よかった。

 間に合った。


「何しに来たんだよ」

「梅……が、はしってく……のが、見えたから……っ」


 膝に手をつき、息を切らせながら、それでもわたしは必死で答えた。あの日みたいに、彼がまたさっさとどこかに歩き出してしまうのが怖かったから。

 今度は、彼はちゃんと待ってくれていた。

 相変わらずその表情は冷たいままだけれど。


 ようやく息が整った。

 わたしは体を起こして、彼と向き合う。


「……なにがあったの?」

「お前には関係ねぇよ」

「ある」


 わたしは言い切る。


「だって、彼女はわたしの、友達だから」

「そうかよ」


 苦々しげに吐き捨てて、駆人くんは目を逸らした。


「……あんな酷いことされても、まだ友達って言えるのか?」

「えっ?」


「お前ら幼馴染だったんだろ? ずっと一緒だったんだろ? だってのにさ、あいつの態度はどうだよ。俺、見てたぜ。梅子がびっくりするくらいお前に冷たくするところ。友達なんじゃないのかって聞いても『あんなのどうでもいい』なんて言いやがる。……男っぽいから付き合ってみたけど、結局あいつもただのクズだったな」


 ぶっきらぼうに彼は言う。


「やっぱり、どいつもこいつも最低だ、女なんて」

「……なんで」


 なんでそんなに、女の子が嫌いなの?


 思わず出そうになった質問を、わたしは飲み込む。

 違う。

 そうじゃない。

 愛美先生を思い出せ。

 詮索するんじゃなくて、寄り添うんだ。

 わたしは言いなおす。


「梅子だって、駆人くんが思うほど悪い子じゃないんだよ。きっとまだ、やり直せると思う。なんでも言って。……わたし、ふたりの力になりたい」


 その言葉を聞いて、ずっと無表情だった駆人くんの目が、一瞬だけ大きくなる。


「振られた男と裏切った女相手に、そんなセリフよく言えるな」

「……それでも、大事だってことには変わりはないもん」


 まっすぐ、彼を見つめた。

 絶対に逸らさない。ここで逸らしちゃいけない。

 たとえ、どんなに冷たい目をされたとしても。


「……ははっ」


 目を疑った。

 笑ってる?

 あの、ずっと無表情でクールだった、駆人くんが?


「あーあー、わかったよ。お前、ほんっとヘンな奴だな」

 暗くなり始めた空を見上げて、笑い、それから彼はどかっと、倉庫の前に腰を下ろした。


「ん」


 目で示されるまま、わたしは彼のとなりに座る。いまにも肩が触れ合いそうな距離。必死で平気なふりをしているけど、頭の中はパニックだ。距離が近い。盗み見た横顔の、まつげの長さにうっとりする。男の子なのに、なんだかいいにおいもして……。


「あのさ」

「は、はいっ!」


 思わず上ずった声で返事をしてしまったわたしを、彼は一瞬だけ怪しむ目で見た。わたしは必死でなんでもない表情を作る。

 そして駆人くんはとうとう、話し始めた。





「俺の父さん……捨てられたんだ、母さんに」

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