3.

「あら、いらっしゃい」


 ドアを開けると、デスクに向かっていた愛美先生が明るい顔で振り返った。


 先生は、正確に言うとこの学校の先生じゃなくて、政府から来た性教育カウンセラー。だから放課後もこの生徒相談室にいてカウンセリングなんかをやっている。うちのクラスにも、交配についていろいろ聞きに行った生徒がいるみたい。


「そこに座って。楽にしてね」


 言われるがまま、わたしは先生と向かい合うようにしてパイプ椅子に座った。

 なんだか、風邪で病院行ったときみたいな雰囲気。

 少なくとも、なにかを手伝うって感じじゃない。


「あの、先生? プリントは……」

「授業ではああ言ったけどね。わたしはみんな、若いうちからもっと自由に交配すればいいと思うの」

「へっ?」


 頭のうえにクエスチョンマークが十個くらい散らばった。

 だけど先生はまるで気にせず、話を続ける。


「だってそうでしょう? せっかく妊娠のリスクも、性行為の危険もなくなったんだから、みんな好きに楽しめばいいと思わない? 『ダイス』が子供を産むタイミングなんて、いつでも選べるわけだし……若いうちにいろいろ経験しておくこと、先生大事だと思うの」


 ぺらぺらと続く独り言を聞いているうちに、わたしにもだんだん、どういうことなのかがわかってきた。同時に、かあっと顔が熱くなっていく。


「そりゃ、ちょっとは倫理的な部分もあるかもしれないけれど、無許可で出産さえしなければ、法律的にはどれだけ交配したって問題ないもの。それに、交配っていいものよ? 決して肉体的な気持ちよさはないけれど、それでもやっぱり、好きになった人の一部が自分に入って来るんだって思うと……」


「もういいです」


 わたしはさえぎって、椅子を立った。


「――要するに、わたしがぜんぜん交配してないから、理由を探りたいってことですよね?」


 聞いたことがあった。情報を政府が管理してるって。

 

 駆人くんに振られてから、わたしは一度もダイスを呼び出してなかった。いろんな人から告白されたけど、(あの佐々木くんにまで!)全部断ったのだ。


 彼以外のことは、考えられなかったから。


 先生はわたしのダイスがまったく使われてないのを変に思ったに違いない。だからこうして呼び出したのだ。


 ……自分の心を盗み見されているようで、すごく気持ちが悪かった。


「こういう聞き方、なんか、卑怯だと思いますっ!」


 だけど、先生はわたしの怒鳴り声にもちっとも動じない。

 椅子に座って、黙って静かに微笑んでいる。

 ぜんぶ見透かしたような目で。

 

 いつだって先生は詮索をしない。生徒が自分から吐き出すのを待っている。


 怒りに任せて部屋を出ていこうと思った。

 だけど、足が動かなかった。

 恥ずかしさと怒り、悲しさと無力感。

 ここのところずっと心の中に溜まっていた感情が一度に暴れ出して、どうしたらいいのかわからなくなった。


 目頭が熱くなり、鼻の奥がつんとする。

 違う、いま、泣きたいわけじゃないのに。


 先生がぽつりと言う。


「三栗山さん。……先生はいつでも、あなたの味方よ」


 そのひとことで、おさえた感情はあっけなくあふれだす。


「先生……わたし……わたし……っ」


 その先は、言葉にならなかった。

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