2.

 梅子と駆人くんが付き合うと聞いても、わたしはべつに驚かなかった。

 ごめんね、ごめんね、と泣いて謝る梅子の頭を、今度はわたしがなでてあげた。


「いいの。わたしは梅子が幸せになってくれれば、それでいいから。……だからこれからもずっと、友達でいてね?」


 そう言ったとき、彼女は確かに、なんどもなんどもうなずいたのだ。


 ……だけど結局、友情は愛情には勝てないってことみたい。


 付き合いはじめてから、梅子はわたしと一緒に帰らなくなった。

 終業のチャイムが鳴ると、さっさと教室から出ていってしまう。

 声をかけても、返事さえしてくれない。


 そしてある日、心を決めて下駄箱まで追いかけてきたわたしに、梅子は「もう来ないで」と言ったのだった。

  

「ごめん、もう一緒には帰らないから」


 信じられないほど冷たい声で言う彼女の隣には、駆人くんが立っていた。


 それからだ。

 彼女が、教室でもわたしを避けるようになったのは。

 クラスのみんなも事情を察したみたいで、それからわたしはなんとなく、「あんまり触れちゃいけないヒト」になってしまった。

 いじめられてるわけじゃない。

 嫌われてるわけでもない。

 だけどなんとなく、教室で浮いちゃってる感じ――


「――というわけで、『ダイス』によって起きた第三次ベビーブームで日本の人口は回復し、いまは逆に人口が増えすぎないよう調整する時期に入っているの。だからみんなも、交配は慎重に考えなきゃいけないのよ。特に男子は、今後の人生のことも考えて、きちんと判断すること! いいわねぇ?」


 タイミングよく授業終わりのチャイムが鳴り、わたしはたちまちどんよりする。また、あのどこにも居場所のない休み時間がはじまる……。授業が終わるたびに喜んでいたのが、もうずいぶん昔のことみたいだ。


「はい、じゃあきょうの授業はここまで! きょうの内容は特に大事だから、みんな帰ったらお父さんお母さんともよく話し合って、復習しておくように! ……それから、三栗山さん」


「ひゃいっ?」


 突然名前を呼ばれ、思わず声が裏返った。え、なに、わたし?


「放課後ちょっと来てもらえる? プリント運び手伝ってほしいの」

「え、あ、え?」


 なんでわたしが? べつに学級委員でもないし、そりゃ先生のことは好きだけど、そんなに普段から仲良く話すってわけじゃないし……。


「先生っ」


 背後から声がした。

 梅子だ。


「それならわたしが……!」

「いいの、高槻さん」


 先生はさえぎり、笑顔でわたしを見る。「来てくれるわよね?」

 なんだか、有無を言わせない雰囲気だった。


「は、はい」


 ようやく答えると、先生はうなずいて教室を出て行った。

 

「……なんで、」


 背後からの低いつぶやきに、わたしは振り返る。


 だけどその時にはもう、梅子はわたしに背を向け、何事もなかったように友達と話していた。

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