Chapter14

 《サラマンダー》は飛翔した。


 間一髪、地面に激突しかけた《ワイルドキャット》を、その野太いアームでキャッチしたのだ。

 もっとも、急造品のフライトユニットは、一度アフターバーナーを焚いただけでガタがきて役に立たなくなってしまった。彼女を救うことが出来ただけで、その役割は十分果たしたと言えるが。


 ウィリアムは馴れない空中機動をなんとかこなし、街の中心部に位置する広場へと軟着陸した。作動しなくなったフライトユニットをパージ。《サラマンダー》も《ワイルドキャット》も無事だ。


 コックピット、中央ディスプレイの一角には、《ワイルドキャット》を駆るミイナが映っていた。鳩が豆鉄砲を食らった様な顔、ウィリアムがここにいることに驚いている風だった。

 撃墜されかけた《ワイルドキャット》を、ウィリアムが救うことが出来たのは、殆ど奇跡に近かった。なにしろ、《サラマンダー》に装備されたフライトユニットをレクチャーもなしに、ぶっつけ本番で運用せざるを得なかったのである。

 訓練生時代に、何度かジェット機の教習を受けた程度のウィリアムにとっては、これの操縦は随分と肝が冷えた。


 だが、それだけではない。今、《サラマンダー》は、ミイナの《ワイルドキャット》を両アームで抱きかかえている。有体に言って、お姫様抱っこの状態だ。

 《フィギュライダー》の全重量は少なく見積もっても二〇トン。そんな機体を保持することなど、重い砲を撃つためにアームの出力と剛性が強化された《サラマンダー》でも不可能だ。

 だが、現実にディスプレイを介したウィリアムの視界には、抱えられた《ワイルドキャット》があり、《サラマンダー》のアームは未だ健在である。


 ウィリアムはいくらか驚いた。


「なるほどな。こいつが、新装備か」


 《ワイルドキャット》がそうであるように、ウィリアムの《サラマンダー》にも、メリッサによる新たな改修が施されていた。

 《フィギュライダー》すら保持する強靭なアーム。肩部から覆うように、更に巨大な補助腕が装着されていた。野太い油圧式アクチュエータが見え隠れし、雰囲気としては重機に近い武骨な印象。そのシルエットにふさわしく、アームの出力と剛性は圧倒的だった。


 そして、椀部と同様に脚部をも覆う強化外骨格式の追加ユニット。こちらも重機を彷彿とさせるデザインと、通常機よりはるか広い接地面積が、新たな《サラマンダー》のコンセプトを更に推し進めていた。


 その名は、《ウォートホッグ》。


 かつての《サラマンダー》以上に、砲撃に特化した過激な機体である。以前に増してずんぐりむっくりとしたシルエットは、どこか戦車に先祖がえりした感さえあった。


 果たして、上手く扱えるだろうか。ウィリアムは自分に問いかけてみたが、すぐにナンセンスだと思いなおす。どの道、ここで《ドラゴン》を叩かなければ次などないのだ。

 それに、戦力は自分一人ではない。


 《ワイルドキャット》を立ち上がらせる。ロボットのくせに、心なしか恥かしげにモジモジとした挙動を見せる《ワイルドキャット》。パイロットの性格でも表しているのだろうか。


『あの……ウィリアム?』


 か細いミイナの声がした。通信ディスプレイ越し、上目づかいにこちらの機嫌を窺うような表情のミイナが映っている。

 ウィリアムは苦笑した。何も、彼女がそんな顔をしなくてもいいのに。顔色をうかがうのは、自分の方だ。


「ミイナ、俺は――」


 言いかけたその時、レーダーが反応し、警報ががなりたてる。ウィリアムが本能的に回避行動をとった瞬間、先ほどまで《ウォートホッグ》と《ワイルキャット》のいた場所に、巨大な火球が降り注いだ。


「ミイナ!」


 《ワイルドキャット》の影が火球の中にかき消えた。思わず血の気が引いたウィリアム。


『あ、あぶなかったぁ……』


 ミイナの声がスピーカー越しに聞こえた。レーダーにも感あり。《ワイルドキャット》も間一髪回避に成功し、ビルの陰に身を潜めていた。


 伝えたいことは山ほどある。一刻も早く、コックピットを抜け出てミイナに会いたいとも。

 そのために、やるべきことはただひとつだ。


 ウィポンセレクターを操作し、武装を選択。腰部にマウントされた二門のガトリングガンを、巨大なマニピュレーターで保持した。

 頭部カメラを動かし、空中の《ドラゴン》をディスプレイの中心へ――ロックオン。


「ミイナ、同時に仕掛けるぞ」


ウィリアムが言った。


『ええ!?』


頓狂な声をあげるミイナ。


『でもアイツ、結構強いよ……?』


「分かってるさ。だが、それでも負けない。俺たちなら、な」


 しばし、黙り込むミイナ。ディスプレイに浮かぶ彼女はポカンとしたように呆けて、しかし、次第に頬を赤らめていく。


『……うん。やろう……倒そう、アイツを!』


 強く頷いたミイナを見、ウィリアムもそれに応じて笑った。


「ああ、カタをつける!」


 トリガーを引く。


 毎秒六五発、初速一〇六七メートル毎秒を誇るガトリングガンが火を吹いた。

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