Chapter6
「くそっ、くそっ。上の馬鹿どもめ! これだから命令しかせん奴らは!」
殆どの士官に休暇が与えられたと言うのに、メリッサは多忙を極めていた。
シュツトガルト基地に配備された《フィギュライダー》は全部で十四機。それら全てのオーバーホールを今日中にやってのけろとは、頭の悪いお偉方のご命令だ。
そのおかげで、メリッサ以下、五十名の整備士たちは、半ばヤケクソ気味で仕事をこなしていた。
悪態をつきながら、端末に情報を叩きこんでいくメリッサ。机上は空になったエナジードリンクの缶が所狭しと占領している。当然、口元にはいつもの紙巻きタバコ。半分以上が灰と化し、今にも零れ落ちそうだ。
「大体、関節ユニット一つ取り替えるのに何時間かかると思ってるんだ!」
「えーっと、三十分くらいっす!」
傍らで、取り外されたセンサーユニットを弄る整備兵が答えた。が、藪蛇である。
「おーそうか! じゃあ次からは十五分で済ませろ! それが出来なきゃお前の口を縫い合わせるからな!」
メリッサの実年齢を考えると実に見苦しいヒステリーなのだが、彼女の外見は詐欺にも等しい幼女のそれで、何か別の如何わしさがある。罵倒されたにもかかわらず、整備兵は機械油で汚れた鼻の下を延ばし「うっす」と応えた。どういう訳か、妙なところで妙な人望のあるメリッサであった。
しかし、早朝から始まる罵倒の連打も、そろそろ飽きてきた頃合い。
何分、やることが多すぎるのだ。《ワイバーン》の整備だけではない。本社から送られてきた新装備。兼ねてからメリッサが開発していたものが、ようやく届いたのである。それを二機の《フィギュライダー》に換装する作業も、同時進行で行っている。過密スケジュールもよい所だ。
だが、メリッサとてプロフェッショナルの端くれである。やるからには、完璧にやってみせるという気概が、一応彼女の胸中でもメラメラと燃えていた。
フィルターまで火の届いたタバコを灰皿で揉み潰し、メリッサは飲みかけのエナジードリンクをを一気に煽った。さて、まだまだ仕事は山積みなのだ。とりあえずは、駆動炉のシステムチェックを――
「ねぇハカセ。トーチはどこ?」
「ああ? レーザートーチか!?」
「……うん」
仕事に忙殺されているメリッサは、声をかけられても、その声の主までは気が回らなかった。せいぜい、聞いたことのある声、くらいにしか思わなかった。
「その辺にあるだろう!? えーっと、ほら、そこのお前。トーチ貸してやって!」
メリッサが声をかけたのは、先ほど彼女が罵倒を浴びせた件の整備兵である。
ようやくセンサーユニットの点検が終えたらしい彼は、メリッサの方を見ると怪訝な顔をした。
「え? でも、いいんすか」
「いいから!」
困惑する整備士を威圧するメリッサ。
整備兵は釈然としない面持ちで、腰に差した携帯式のレーザートーチを声の主へと手渡した。
「くれぐれも慎重に扱ってくださいよ……っていうか、何に使うんです? ミニック少尉」
瞬間、メリッサの血の気が引いた。
そう、あの可愛らしい声はミイナに違いない。だが、いつもと違う、あまりに沈んだ声の調子が、メリッサにその判別を誤らせた。
まるで、何かに怯える子猫のような――
「おい、ミイナ君!」
叫ぶなり、メリッサはミイナに飛びかかった。
思った通りだ。ミイナが、自分自身に向けたレーザートーチの引き金を絞ろうとしていた。
ミイナの腕を手繰り寄せるように掴む。
その手の先にあるもの、トーチの引き金からカチリと嫌な音。
拳銃にも似たトーチの先端から、青白い光線が飛んだ。
ジュッ……と、肉の焼ける嫌な音。鋼鉄すら切断する高出力のエネルギーが、ミイナの頬を僅かに掠めたのだ。
メリッサは必死にミイナに絡みつく。だが、元より非力な彼女では、肉体的に遥かに強靭な亜人のミイナを止める力はない。メリッサは、力任せに振りほどくミイナに突き飛ばされた。
強く床に叩きつけられるメリッサ。激しい痛みをこらえて、叫ぶ。
「誰か! その馬鹿を止めろ!」
一つのミスが命にかかわる大事故を起こしかねない職場で、整備兵たちの反応は素早かった。
幾人もの屈強な整備兵たちが、暴れるミイナを羽交い絞めにする。泣き叫ぶミイナは抑えつけられる。
トーチがあらぬ方向を向いたその瞬間、なんとか痛みから立ち直ったメリッサは、慎重に、しかし素早く、ミイナの手からトーチをはたき落とした。
「なんで……なんでなのさぁ……」
声にならない声。言葉にならない言葉。両腕を取り押さえられたミイナは、遂にその場にへたり込む。
全ての作業がストップしたハンガー、地鳴りのようなコンプレッサーの駆動音に混じって、ミイナの悲痛な嗚咽が木霊した。
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