Chapter4
《フィギュライダー》のコックピットは狭い。小柄なミイナでさえ、身を屈めて押し込まれているような状態だ。
無数の計器が埋め尽くし、前方には三枚の広いモニターが張り付けられている。そこに映るのは、装甲一枚隔てた向こう側の世界。
後は、多数のスイッチが配置された操縦スティックが二本。スラスターと姿勢制御を担うフットペダルが、ミイナの意思を機体に伝える道具として備わっているだけ。
《フィギュライダー》のコックピットとは、そんな狭く息苦しい、まさに場所である。パイロットはそこに潜り込むようにして、《フィギュライダー》の一部になるのだ。
そんなコックピットの中、圧迫するように前面を覆う三面モニターを通して、肉薄する《フィギュライダー》の姿があった。白兵戦用ブレードを振りかざし、今まさに斬り伏せんとする敵機。
脊髄反射に近い反応で、ミイナはフットペダルをけっ飛ばし、両サイドの操縦桿を思い切り引いた。
押しつぶされそうなほど強力なGに耐える。すると、モニタに映った敵機は瞬く間に小さくなる。
敵機がブレードを振り下ろした。だが遅すぎる。ミイナの機体は既に後退済みだ。
敵は大振りの攻撃を紙一重で回避され、一瞬の隙が生まれた。ミイナはその隙を見逃さない。
すかさず、スティックを操作。ウェイポンセレクターから高周波ブレードを選択し、一気に背部バーニアを吹かし、機体を前方へと直進させる。同時に、背部にマウントされた高周波ブレードがマニュピレーターに掴まれる、ゴトン、とハードポイントからパージされる衝撃音がコックピットに響いた。
強烈な加速力で敵機に接近する。紙一重で敵機の脇をすり抜け、交差する瞬間、ミイナのブレードが回避の間に合わない敵機に叩きつけられた。
ブレードの衝撃が伝わり、敵機は宙を舞った。数拍置いて、その巨大な人型は地面に激突。仰向けに伏した。
と、作戦終了アラームが鳴った。モニターでは「COMPLETE」の文字が大きく点滅した。
「はい、演習終了だよ。君の負けだね」
『あ、ありがとうございました……』
インカムごしに男の声が聞こえる。図らずも、ミイナが教練を施すことになった新米。つい先ほど、ミイナの一撃で真っ二つにされた《フィギュライダー》のパイロットだ。もっとも、ブレードは演習用のプラスチック製のため、本当に大破した訳ではないが。
「まだまだ、だね。ブレードは闇雲に突っ込んで大振りしても、簡単に当たるもんじゃないよ」
演習の結果にはフォローを入れる必要がある。と言う訳で、それらしいアドバイスをしてみるが、返事がない。妙に荒い息がスピーカーから聞こえるだけだ。恐らく軽い恐慌状態に陥っているのだろう。
新米たちの動きは一様に、単調な大振り狙いで、とても見れたものではない。毎度毎度、ミイナが言及する内容はほとんど同じだった。
すでに教導を初めて一週間になる。だが、ミイナはどうしても、この任務に集中できないでいた。
サブモニターを見やる。実戦時、地形図やレーダーを映し出すそれには、今、ミイナが教導すべき新人パイロットたちの名簿が表示されていた。
アネット・ウェルズリー。当然のようにその名前が列挙されているのを見て、ミイナは深いため息を吐いた。
「実戦訓練終わり。全員集合」
へたり込んだまま立ち上がらない教習機。映し出される補足情報から、今の相手が今日最後の新米であると確認し、ミイナはオープン回線でそう告げた。
***
「こんなところで油を売ってていいのかい? ミイナ君」
「ほっといてよ。私だって好きこんな処にいるわけじゃないよ」
メリッサには呆れられたが、ミイナの居場所はこの基地ではそう多くはない。大概の兵士は見なれないケット・シーに興味津々といった具合で、ミイナにしてみればどうにも落ち着かない。そこで、顔見知りのメリッサが根城にするこのハンガーを、とりあえずの避難場所として利用していた。
一方、メリッサの方もミイナの境遇に多少は同情しているらしい。コーヒーの一杯でも淹れてくれる彼女の気遣いが、今のミイナには有難かった。
「しかし、君が一人で居るところなんて、ひょっとしたら初めて見るんじゃなかろうか」
メリッサは、ハンガーに整然と立ち並ぶ《ワイバーン》にとりつき、機体の確認を行っていた。液晶のサインボードに何かを打ち込みながら、関節を丹念に観察しているようである。
「あう……それ、ほんと洒落になってないんだよ」
メリッサが持ち込んだ簡易デスクで、背骨を失ったように項垂れるミイナ。
まったくもって図星と言わざるを得ない。ここのところ、ウィリアムと一緒にいる時間が極端に少なくなっているのは紛れもない事実だった。
それと言うのも原因は彼女である。
アネット・ウェルズリーは、事あるごとにウィリアムの周囲に纏わりついている。指導を終えたミイナがウィリアムに会いに行くと、まず間違いなく、あの眩しい金髪がそこにいるのである。
そしてミイナは、割り込むタイミングを掴めずに、すごすごと逃げ帰ってくる始末。
これでは、完全に負け犬ならぬ負け猫だ。
「そこは、それ、君がもっとアプローチをかけるべきだな」
「……ごもっともです」
「大体、君はいいのかい? 恋人を見ず知らずの女にもっていかれても」
「こ、恋人……」
思わず、赤面するミイナ。そんな関係ではないと反論すべきところを、どうにも反論できなくて、口をもごもごと動かす。
「なんだ、違うのかね?」
《ワイバーン》の足の隙間から顔を覗かせたメリッサ。悪戯っぽくニヤニヤ笑う様は、何もかもお見通しと言ったところか。
「恋人じゃ、ない。残念だけど……」
「ははは、残念なのか。ミイナ君は面白いなぁ」
上手く言葉を引き出されたような気がする。またも、ミイナは顔を真っ赤に爆発させた。
「分からんな。君らは二人で遊びに行く仲なんだろう」
「それは、違わないよ? でもさ、それって普通に友達同士でもやることじゃないの?」
「異性間の愛情と友情か。うん、人類永遠の命題だな。しかし、それでは君は告白しないのか? 好きなんだろう、彼のことが」
「それは……」
ミイナは言い淀んで、デスクに顔を埋めた。
彼のことは好きでも、ミイナにはその気持ちを伝える術がない。
告白? それをして恋人同士になる?
無理だ。だって私は、ケット・シーなのだ。
改めて思い知らされた気分になる。人は、人。亜人は、どこまで行っても亜人。何かの本で読んだ。人と亜人の間に子を設けることは不可能だということ。
故に、人と亜人の婚姻も認可されていないこと。
だから亜人は人間との繋がりが薄い。それが軋轢を生むことも、ミイナは知っている。経験上、知っている。
それでも、身を寄せ合って暮らす亜人達のコミュニティからミイナは飛び出した。
理由は、たった一つしかない。
ミイナの脳裏に、ウィリアムの顔が頭に浮かぶ。
「ほんと、嫌になっちゃうね」
そんなミイナの様子をメリッサは知ってか知らずか、まるで独り言でも言うかのような軽さで語り始めた。
「アネット・ウェルズリーはウェルズリー侯爵家の一人娘らしいね。親の反対を押し切って検疫軍に志願したそうだが。金持ちの考えることは良く分からんね」
薄々、そんな気はしていた。ミイナとは正反対の品の良さ。きっと良い所の出なのだろうと思っていた。
それに、メリッサが疑問に感じているアネットの志願動機も、ミイナは多分知っている。
ウィリアムの経歴を知っているのは、きっとここではミイナくらいのものだから。
「じゃあ、どうしろって言うのさ……」
ミイナは声にならない呻き声を漏らしながら、デスクを引っ掻いた。
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