Chapter3
「何これ、何これ!? すっごーい!」
「こいつはまた……」
ミイナはくりっとした大きな瞳をキラキラ輝かせている。ウィリアムの方は口を開けて呆れたようでもある。
めいめい異なる反応ではあるが、共通するのはあからさまに驚いているということだ。
カードキーのほか、指紋、静脈、網膜と厳重なセキュリティを抜けると、そこは巨人たちの住処だった。
両脇の壁に整列するように、
しかし、違うのはくたびれ具合だけではないらしい。
居並ぶ《フィギュライダー》には、《サラマンダー》のような追加装甲はない。さりとて、そのシルエットは《シルフィード》ともどこか異なるものだった。装甲のパネルラインは《シルフィード》よりもだいぶ簡素化されており、見た目にもすっきりとした印象を受ける。
だが最も特異なのは、そのフェイスマスクだ。
《シルフィード》にあった二本のブレードアンテナは一本に、そしてツインアイのカメラはモノアイタイプに変更されている。
この《フィギュライダー》たちのデザインは、どこか《シルフィード》を踏襲している。生産性を考慮した結果か、大きく簡略化されてはいるが。
「ふふ、驚いたかい」
「新型? ねえ、これ新型だよね!? うわぁ、《シルフィード》の弟だ……!」
「弟か。うん、言い得て妙だね」
「と言うことは、やっぱり《シルフィード》の量産型か」
「その通り、《サラマンダー》の火器管制を組み込んだりもしているがね。基本はそうだ」
二人の驚きぶりに気を良くしたのだろう。メリッサはニコリと笑って言った。
「《ワイバーン》という。このままいけば、こいつが検疫軍の正式採用機となるだろう」
《フィギュライダー》がこの検疫軍で試験的に投入されたのは去年のことだ。
MBTや装甲車両に代わる次世代の陸戦兵器として開発されたこのマシンは、一機であらゆる兵装に対応できる汎用性、省人員化、そして何より地形を選ばない走破性が評価されたのだという。それはそうだろう。市街地から森林、モジュールさえ改装すれば海中ですら運用可能な兵器だ。ことに、国連機関といえ万年予算不足に喘ぐ検疫軍にとっては、これほど都合の良い兵器はない。
そんな経緯もあり、製造元から供与された試験機が数機。その内の二機がミイナとウィリアムのもとに預けられたのであった。
「だが、随分と急ピッチだな。これだけの数、揃えるには少なく見積もっても半年はかかるだろう」
「どこかの誰かさんが、たったの二機でそこらじゅうの《ドラゴン》を狩っているだろう? あれがお偉いさんの目に止まったんじゃないのかな」
「おかげでお休みも貰えないけどね」
ミイナはがっかりと肩を落とした。せっかくのデートを潰されたのを、まだ引きずっている彼女である。
「だから、じゃないかな? 上としても、早急に今の状態を改めたいのさ。それに、君らの機体はそろそろオーバーホールの必要な時期だしね」
メリッサの懐から取り出したタブレットに、《シルフィード》と《サラマンダー》の簡略図が映る。整備班が調査した結果なのだろうが、そこかしこに疲労を示す報告が目立った。ミイナには詳しいことは分からないが、簡略図で表示された《シルフィード》の関節部が真っ赤に表示されているのが、やけに気になった。
「で、だ。たぶん、君らが選ばれたんだな。新部隊の後見人に」
「私(俺)が?」
全く同じタイミングで、二人は呆け、そして自分の耳を疑った。
「うん」と頷くメリッサ。火のついたタバコでウィリアムを指した。
「君と――」
次いで、ミイナ。
「君が」
ミイナはしばし、開いた口が塞がらなかった。後見人? 自分たちが? 何のために? 疑問ばかりが生まれるが、答えは出てこない。
「おいおい、何かの間違いじゃないのか。俺たちに教官の経験なんてないぜ」
同様の事を考えていたのだろう。ウィリアムが苦笑交じりに反論した。
「だが、君らは士官だろう」
「あんなのはお飾りみたいなもんだ」
実際、ウィリアムにせよミイナにせよ、《フィギュライダー》のパイロットになるまでは、一平卒であった。だがひとたび《フィギュライダー》に乗ってしまえば、
《ドラゴン》を追うために国境を超える任務が常となる。
そのために、ある程度の命令権を持つ士官待遇を無理やり付与されただけだ。実際、ミイナもウィリアムも、自分の階級についてはどうも実感が薄い。
「ま、例えそうだとしても、君ら以上の適任がいないのも事実だよ」
「俺たちは体のいい子守を押しつけられた、ってわけか」
ウィリアムが頭を抱えて嘆息した。
「横暴だぁ!」
ミイナに至っては、あまりの理不尽さに思わず声を荒げた。
いくらなんでも命令が性急すぎる。こんなに過密スケジュールでほいほい働けるほどこの仕事は楽ではないというのに。
とはいえ、どんな理不尽な命令も全うしなければいけないのが軍人の性。恨めしいことに。
「リスクの高い仕事でもないし、君らは適当にやって切り上げればいいだろう?」
軽口を叩くように言うメリッサ。けらけらと笑ってるのは、あるいは皮肉なんじゃないかと思えてくる。
「そう簡単に言ってくれるなよ、スー。これだって楽な仕事じゃないんだぜ?」
「操縦のヘタッピほど、怖い相手はいないんだよ。あーあ、せっかくの休暇だったのに」
ミイナはしおしおと干からびるように項垂れた。せっかくのデートが先延ばしになっただけでなく、こんな面倒な仕事を押し付けられるなんて、とんだ大損だ。
なら、せめて、ウィリアムといる時間を少しでも作らないと。
そんな事を思っていた矢先――
「スペンサー様!」
聞きなれない女性の声が、ウィリアムを呼んだ。それも随分と恭しい呼び方で。
ミイナは無意識的にその声に対して猫の耳を動かしていた。声の発せられた先、関係者以外は立入ることが出来ないはずの出入り口に一人の少女が立っていた。
スラッとした肢体に、透き通るような金髪が腰の辺りまで延びる。極めて整った細面は、まるで人形のそれのようで、身を包む軍服はあまりに不釣り合いだ。
だが、その物腰はどこか品がある。
ミイナは思う。根が野性児の自分とは正反対だと。
その少女は、ウィリアムに熱い視線を送っていた。瞳を潤ませて、待ち焦がれた想い人に出会ったかのように。
ウィリアムは訳が分からないと言った風に狼狽した。が、次第に冷静さを取り戻すと、何か思い当たる節があったらしい。
半ば半信半疑でウィリアムは尋ねる。
「お前、アネットか……?」
「そうです! アネット・ウェルズリーですわ! スペンサー様!」
彼女の声が突然に色めいた。衝動を抑えきれないかのように、勢い良く駆けだした少女。その速さたるや、《ケットシー》のミイナに勝るとも劣らない。瞬く間にウィリアムに接近した彼女は、その勢いのままウィリアムの胸に飛び込んだ。
「うぉ……!」
「ふぎゃぁ!」
「ほーう?」
ウィリアム、ミイナ、メリッサ、三者三様の感嘆である。
「ああスペンサー様スペンサー様、アネットは貴方に再び出会えて幸福ですわ、この奇跡を神に感謝――」
アネット、と名乗る少女は、機関銃のように親愛のこもった言葉をウィリアムへと浴びせかける。終いには勢いのままにウィリアムを押し倒す始末。あろうことか、彼の胸に頬を摺り寄せている。
「あー、ミイナ君? その爪、定期的に切りたまえ」
メリッサが横目に指摘する。困ったように頬を掻くその表情は、およそ利己的かつ横暴な彼女のイメージとはかけ離れている。
それだけ、ミイナが態度が常軌を逸していたということか。
そう、我知らず立てた自分の爪が握り拳の中で、血のしずくを滴らせるほどに。
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