第2話 学生の日常

達也の前にいきなり現れた思い出クラッシャーが二人。咆哮をあげたあとも現実の容赦ない攻撃に達也はKO直前だ。

「ただいま僕の愛しの家族」

無責任に空気を読まない高徳が両手を広げて玄関に現れた。

「あれ、二人ともまだ中に入っていなかったのかい?じゃあ、二人もご一緒に。たー」

「ちょっと来いバカ親父!!」

テンションの高い高徳の襟首を掴み玄関を抜け駐車場まで引きずる。

「なっんだいたっくん。嬉しいからってそんな激しい抱擁は少しご遠慮だよ」

「ちが、なっ、あれ、はぁ!!」

達也は言葉にならない驚きを父親にぶつける。それはもう新鮮すぎて腹を壊すほどの驚きだ。見知っていた妹たちは8年の年月を過ぎて大変身。アヒルの子だと思っていた鳥が白鳥だったときのほうがまだ驚きは少ないだろう。それほどだ。

「まあまあ、達也。順を追って話してくれ。なにをそんなに慌てている」

高徳は落ち着いた雰囲気で達也に冷静になるよう促す。そんな高徳の様子に最初はわたわたと手足を大袈裟にふり、ジェスチャーをなんとか伝えようとしたが、大きく深呼吸をして自分の意見を絵の具を何色か足らした水のようなごちゃまぜな脳内で整理する。

「俺の、知っている、妹じゃ、ない」

「そりゃそうだよたっくん。八年もすぎてるんだよ」

大笑いする高徳。

達也の額には今にもぶちぎれてしまいそうな青筋がたつ。

そういうことではない。そんなことを聞いているのではないのだ。

達也は本気で一回殴ろうと握りしめた拳をふりあげる。

その素振りに流石に焦った高徳は、ごめんごめんと苦笑をうかべつつ謝罪する。額には冷や汗がちょこちょこと浮かんでいた。

「ん~、でもね。僕からはなにも言えないんだよ」

「どういうこと」

「どういうことっていうのも言えない。ただ、あの二人があんなに変わったのも、それには理由があって、僕はそれを許した。むしろ肯定したといってもいい。それぐらい二人の気持ちは本物だと僕には思えた」

「なんだよそれ。本気か親父」

「ああ、本気も本気。それに達也」

高徳の声音が急に真剣さをおびる。高徳は怒りや脅迫とは違うが、人を縮こませるような鋭い視線を達也にむける。

「お前は外見が少し変わった程度であの二人を否定するのか。あんな二人は自分の妹ではないと」

「・・・」

父のその質問に半分諦めたような表情で鼻息をふんすと鳴らす。

「そんなことあるか。親父が認める理由本人たちにあるなら俺から言うことはない。いじめやらが原因だったら親父を殴り殺そうと思ってただけだよ」

そう照れ臭そうに答える達也に高徳はまたも菩薩のような微笑みを顔に浮かべる。

「それを聞いて安心だ。安心したらお腹すいちゃったよたっくん」

「・・・あとそのたっくんってやつ、いい加減止してくれ」

そこからは達也は熱々の抱擁とキスを惜しげもなく子供たちの前で繰り広げる両親とせっかく腕前を披露した豪華な晩御飯にむかう義妹たち。それと晩御飯を食べ終えたあとの高徳と一緒に訪問した引っ越しの荷物をそれぞれの部屋に運ぶ作業によって心身ともに疲労困憊で達也はすぐに風呂にはいったあとすぐに寝てしまった。

疲れは夜を早くにふかす。

気づけば朝日がカーテンの隙間から顔をだし、目覚ましがいつもより10分遅れた時間を知らせるために必死に頭のベルを鳴らしていた。

「やばいな・・・起きねば」

まだ眠そうな瞳を擦りながら、布団からのそりのそりと這い出す達也。とりあえず、目を覚ますためにも洗面台に重い足をそちらにむける。

洗面台につくと冷水を貯め、それをおもいっきり顔にビンタする。冷たい水が一気に脳を活性化させた。

少しずつ頭が回るようになると、昨日の出来事が頭上に雨雲のようなどんよりとした空気を醸し出した。

劇的なビフォーアフターをとげた二人の妹。昨日はたいした会話はできなかったが、仲良くできるだろうか。兄の心配事は次々と出てくる。

そんなことを考えながら顔をタオルで吹いていると洗面台に繋がっている風呂場からガチャっというおとが聞こえた。そちらを振り返ると全裸の妹が。巴のほうだ。

どうやらシャワーを浴びていたらしい。体から上がる湯気を纏いながら、そんな特質する突起はないが、スレンダーな体つきに一瞬目をとられる。

だが、刹那。

脳内会議は緊急のアラートを発令。一目散に達也は洗面台から飛び出て、扉を閉める。

(やばいやばいやばい!)

達也の脳内議員は満場一致でやばいを連呼。とりあえず、謝罪を声を張る達也。

「しゅ、しゅまん。寝ぼけてて悪気はにゃかんだんだ!」

カミカミだ。

兄の威厳も引ったくれもない。

そーっと耳を済ますと中からくすくすと笑い声が。

「初日から女の子のお風呂を除くとは。欲求不満にもほどがありますよ?生きていて恥ずかしくないのですか、この愚兄。死んで地面に供養した方が世界のためですね。あと着替えたいので早く消えてください。愚兄」

どうやら口調は穏やかだが、御冠らしい。達也はため息をつきながら立ち上がった。悩みの種を一つ増やしてしまったと後悔していると、はて、どこからか視線を感じる。

そちらに顔を向けると、もう一人の妹、奏がたっていらっしゃった。

「・・・変態」

達也の心にクリーンヒットした。


◆◇◆


ボロボロなマインドポイントを引き連れて、奏の後を追いリビングに行くと台所に高徳が立っていた。

「おはよう、たっくん」

「おはよう親父。なにしてんの」

わざわざピンク色のザ・女性もののエプロンを着てフライパンを持つ高徳に突っ込むのも面倒そうに疑問を飛ばす達也。そんな態度に打たれ負けることもなく高徳は楽しそうに宣言した。

「久々にたっくんと料理をしようと思ってね。早朝から準備してたわけだよ」

なんだこの父親は。

思春期に特有の反抗期を発動させたくなる高徳の態度に達也はすっと目を細める。さすがにそこまでされると高徳もポジティブを発揮しつづけるのは無理なようで怒られたときのチワワのように目を潤ませる。

「だめかな」

達也は溜め息をわざと大袈裟に吐きながら、高徳のとなりに並ぶ。

「なにつくんのさ」

その言葉に感無量の高徳は比喩ではなく本当に涙を流しながら達也の両手を握る。

「優しいたっくん大好き」

「だまれきもいクソ親父。いいからさっさとスクランブルエッグでも作って。俺はその間にサラダとBLTサンド作るから」

「は~い」

早朝の御門家に、香ばしい臭いが広がった。


◆◇◆


朝ごはんに姉妹が顔を見せることはなかった。

今朝の一件もあり、申し訳なさと寂しさを感じつつも達也が朝食を済ませ制服に着替えてリビングに戻ってくると、そこには高徳とゑみ子の姿があった。

「おはよう母さん」

「おはようたっくん」

「・・・二人は?」

達也お手製のBLTサンドを口に頬張るゑみ子に気まずそうに質問する。

「ん?さき行ったわよ。なんか用でもあった」

「いや、なんでもない」

妙に焦り口調の達也にニヤリと口を歪ます。

「なになにたっく~ん。思春期特有のハーレム願望に花を咲かして、両手の花状態に登校したかったの?この欲しがりさんめ」

「そんなんじゃないけど・・・たしかに一緒に登校はするつもりだったんだけど」

「残念。二人は今日編入試験も含めて学校で色々しなきゃだからね。男の子の願望はそうそうに叶わないのよ」

「さいですか」

達也はあきれつつも、そんな二人を嬉しそうに見つめる高徳に相手を変える。

「そんな気持ち悪い目線でこっちを見るな親父。そんなことより二人は弁当持っていった」

「ひどいな~たっくん。うん。ちゃんと持っていかせたよ」

「ならいいや。じゃあ、俺も行くわ。戸締まりきちんとしてくれな」

「「いってらっしゃーい」」

両親に見送られ、達也は高校までの道のりへとついた。と言っても徒歩二十分の道のり、面白おかしくなんてことはそうそうにない。人通りの少ない河川敷を相棒のスプマドールことマイ自転車にまだがりながら朝の心地よい風を受けながら、達也は上機嫌に鼻唄を奏でていた。

家を出て、約15分頃だろうか。高校まで続く桜並木の坂道。その入り口で達也は自称名馬を止める。

「よ、おはよう高坂」

「ん」

桜の根本に胡座を決め込む学ラン姿の少年。高坂哲が堂々とよだれを垂らしつつ昼寝を慣行していた。金髪の坊主頭に小鳥が乗っかり、見た目に反してなんとも緩い空気を纏っていた。

「腹減ってるか」

達也がそう聞くと、大きく伸びをしながら哲は真剣な表情でこう返した。

「・・・減ってる。ありがとう」

「お前、それはなんでも図々しくないか」

達也は鞄からアルミホイルに包まれた固まりを哲に軽く投げる。哲はそれをすぐに開けた。中から今朝の達也お手製BLTサンドが顔を見せた。

哲はそれを一気に口のなかに放り込むと、立ち上がり達也の隣まで来る。

「いきますか」

達也の声にごくんと喉をならしながら哲は頷く。そして二人は桜並木を進んでいく。歩くこと数分、高校の玄関にたどり着く。

「じゃあ、先に行っててくれ」

「ああ、昼飯楽しみにしてる」

なんだそれと苦笑しながら、スプマドール(自転車)を押して駐輪場へ向かう。駐輪場はグラウンドの裏手にあり、校舎から少し離れている。そのせいか人も少なく、朝練習をする野球部やサッカー部の声がよく聞こえる。

(青春してんな)

なんて爺臭いことを考えていると、彼方向こうから大声で達也を呼ぶ声が。

「たぁぁぁつぅやぁぁぉぁぁぉん!」

その正体を認知すると同時に達也の体はものすごい衝撃と共に宙を舞っていた。ものすごいスピードの自転車が、ものすごい大声を出しながら突っ込んできたのだ。

「ぐはっ!」

見事な空中三回転を決め、地面を転がる達也。その原因となった自転車の持ち主は元気な挨拶を決めていた。

「やあやあ、たつやん。元気かい。おまえは誰って聞かれたら、答えちゃるのが世の情け。たつやんと同じクラスで同じ部活動で汗を流す可愛い新聞野郎・・・女子で野郎ってどうなんたつやん。ひどくない?」

なんともひどい暴走具合をみせた女子は桜木まつり。ボブカットの丸い髪型にうさぎのピンセットが特徴の彼女は転がる達也の胸ぐらを掴む。

「そんなことよりたつやんたつやん!君とおんなじ名字の絶世の美女が二人編入してくるんだって!これ運命じゃないかな!かな!とりあえず、ネタとして・・・美人局として告白してきてくれないかな!」

瀕死状態の達也の頭をこれでもかと揺さぶるまつり。そんなまつりに達也の手が顔面を襲う。

「ネタだと言い切りやがった。ふざけているのか。そんなことよりもだ。まずは謝罪からだろこのアホガール」

見事に決まったアイアンクロウ。ギリギリときまる最中、まつりは悲鳴を上げながら親指をぐっと立てる。反省の色なし。

「話は聞いてやるが、その前に謝罪しろ」

「その前に手を離してくれよたつやん。頭が2つにわれれれぇ~」

まつりの断末魔が駐輪場に広がった。しかし、周りの野球部はあまり気にしてる様子はない。

そう、これが達也の高校生活の日常だ。力尽きたまつりを引きずりながら、達也は教室に向かうのだった。


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