第1話 二人は妹!?
桃色の花びらが竜宮城の鯛や鮃のように舞い踊るなか、御門達也(みかどたつや)は洗濯物を干していた。
春眠暁を覚えずなんてよくいうものだと、大きな欠伸で気温の心地よさを表現する達也は、一回、大きく上体をそらしながら伸びをする。
「たっくん~。たぁ~くぅ~ん。どこをぉ~」
そんな達也を呼ぶ間延びした声が家の中から聞こえた。達也は苦笑を浮かべつつ、残りの洗濯物を迅速に干していく。それが終わると温かな陽射しを楽しむ余裕もなく、洗濯篭をもってそそくさと縁から家の中にはいる。達也がリビングに着くとそこには「たっく~ん、たっく~ん」と床を這いずり回りながら達也を呼ぶ女性がいた。どこにでもある怪談のような状況にまたしても苦笑を浮かべる達也。
「母さん。ご近所迷惑だよ」
達也が母と呼んだ女性は御門ゑみ子。タンクトップに短パンとずいぶんラフな格好の彼女はいま、絶賛二日酔い中なのだ。
「たっく~ん、お水ぅ~」
「はいはい」
達也はリビングと対面する形でつくられたキッチンから天然水のニリットルペットボトルを持ち出し、ゑみ子の前におく。
「コップに入れてよ~」
「すぐに飲み干して、また唸りはじめるんだからそれで充分でしょ」
「たっくんの意地悪!この女泣かせ!……あったまいって」
叫んだ反動で額を抑えるゑみ子はそれをラッパ飲みでごきゅごきゅと水を喉に通す。高校生男児である達也でさえ、あんな無茶はしたくない。御歳45とは思えない若さだ。
「ふぅ、生きかえた。あ、たっくん今日の朝ごはんはなに」
ゾンビから人に戻ったゑみ子はリビングに設置されているこたつに潜り込みながらそんなことを聞く。怠惰の結晶のような一連の行動はどちらが親なのかわからなくさせる。
「今日は鮭茶漬け。あとつけといた沢庵がいい頃合いだからそれもある」
「お、いいね。日本酒にあいそう」
「朝からお酒は控えなさい」
「ぷー」
本当にどちらが親なのだろうか。
達也が一通り飯の支度をしている間、ゑみ子は達也がとってきた朝イチで届いた郵便物と新聞を確認する。その中に1枚の絵はがきがあった。達也の実父、御門
高徳はいま、京都にいる。
自身のインテリアデザイナーとしての仕事の都合で8年も別居をしている状態だ。しかし、ゑみ子にたいするラブレターを1ヶ月に一度は送ってくるのだから元気にはしているのだろう。そんな寂しがりやの父だからこそ、ゑみ子は実の娘二人を父につけた。
達也の義妹にあたるその二人のうち一人は静かですごく歌が好きだった。もう一人はいたずら好きな活発だけれど、すごく読者家だった。歌が好きな方が奏、読書家が巴。二人とは1ヶ月しか一緒に生活してなかったが、その当時の記憶は鮮明に達也のなかに残っていた。
しかし、二人は覚えていないのだろう。
そう思うと寂しくなってしまう達也。そんな事を頭のなかでぐるぐる回しながら鮭を炙っているとゑみ子がものすごい勢いでこちらに向かってきた。
「たっくん、たっくん!」
「はい、達也です」
「見て見て!」
ゑみ子が赤い旗をみた闘牛のような興奮で高徳から届いた絵はがきに書かれた文章を指差す。
そこには
『今度の日曜日からそちらに戻ります』
と書かれていた。
何を突然いっているんだこの男は。
達也は炙っていた鮭の火を止め、頭を抱えた。実父に対して罵詈雑言を投げたくなってしまう。
急だ。
急すぎる。
なにせ葉書が届いたのが今日。
そして、今日は日曜日。
ふざけている。
「母さんはなんか聞いてた」
嬉しそうにとびはねるゑみ子に状況の説明を求めた。が
「聞いてないわよ。すごいサプライズだわ。さすが高徳さん」
それは無理らしい。達也は怒り心頭になりながらも早急に朝食を用意、それをテーブルに並べゑみ子に先食べるよう指示し、携帯をもって部屋に飛び込んだ。
ものすごい早さでダイアルを打ち込む。相手はもちろん高徳だ。
『もしもし、御門でー
「てめぇ、くそ親父!なに考えてんだ。頭わいてんのか!!」
『な、な、なんだい達也いきなり』
繋がるやいなや冒頭の台詞が終わる前に罵倒をとばす達也。久々の息子からの電話がいきなりの暴言で高徳も驚きを隠せない。
「いま、どこだ」
『県境ぐらいだよ。あと二時間ぐらいでつくかな』
「つくかなじゃないよこのバカ!」
『実の親にむかってそれはないんじゃないかな。あ、わかった照れ隠しだ』
その能天気さに達也はついつい青筋のはいった額をおさえてしまう。
そうだった。この男はそういう男だ。春の陽射しのように優しくぽわんと柔らかい雰囲気を醸し出し、人当たりは素晴らしいがどこかが抜けている。その抜けている部分の尻拭いはいつも達也の仕事だった。8年のブランクで忘れていた。
「今日手紙ついたぞ」
『僕なりのサプライズだったんだけどどうだった。エミさんは喜んでくれた』
どうやら予定が伝えられたのが遅くなったのは事故ではないらしい。
「あーとびはねて喜んでたよバカ親父」
もうあきれ果てて怒るのも馬鹿馬鹿しい。そう思ってなげやりに答える。しかし、そんなの我知らずと言わんばかりにふざけた口調が消えかけた火に油をそそぐ。
『さっきから言葉が悪いよ達也。僕も怒るよ、ぷんぷん』
「怒ってんのはこっちじゃあ!」
携帯にむかって怒鳴る。流石にその声は部屋の壁では抑えきれず、驚いたゑみ子がドタドタと階段を上がってくる音が聴こえる。しかし、ここまで出して引っ込めるのもまた無理な話だ。
いきなりの怒号に絶句してるのかどうかは知らないが、達也は説教を続けた。
「今日引っ越すって荷物はどうすんだ。今日中に届くんだろうな。届くとしてどこにあげんだ。いきなり過ぎて部屋の準備なんてできてないんだぞ。そもそも飯だって冷蔵庫の中に二人分の食事しかない。買い出しにだっていかなきゃいけない。そもそも何時ごろかも書かれてない。もうあんたはいい大人だろ。ホウレンソウの意味知ってる。報告、連絡、相談だ。全部ぶっとばしやがって何を考えてんだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
言い切ってから達也は思いっきり携帯をベッドに投げつけた。
吐き出した文句の分、肩を上下させながら酸素を取り込む達也。それを無言で聞いていた電話先の相手からも見えはしないが申し訳なさそうな雰囲気を感じる。
達也は行きを整えてから携帯を持ち直し、ひとつ咳払い。
「なにかいうことは」
『ごめんなさい』
「よし」
これは達也が子供の頃からの習慣。高徳との仲直りだ。母親もそうだが、父親ともどちらが子供なのかわからない感じの達也だった。
「あ~、あと」
『ま、まだなにか!』
緊張した様子の高徳に眉間にしわをよせながら、鼻頭を指でかく達也
「・・・・・・」
『た、たっくん』
そうとう怒っているのだと思い、おっかなびっくり言葉を促す高徳。達也は一度大きく深呼吸してから携帯にぼそりとつぶやく。
「久々に会えるのはその……嬉しくなくもないかな」
『……達也』
「じゃ、じゃあな!」
顔を真っ赤にしながら返事も聞かず急いで通話を切る達也。
パタパタと手で顔を扇ぐ。しかし、やることはいっぱいある。こんなとこで時間は潰せない。
達也が部屋を出ようと扉を開けると、そこにはニヤニヤと気持ち悪い笑みをうかべるゑみ子の姿が。
(忘れてた)
どうやら聞かれてたらしい。恥ずかしさにまた顔が火をはきはじめる。
「たっくん、かわいい」
「・・・うるさい」
達也は逃げるように買い物袋を持って家を出た。
◆◇◆
達也は家の近くにある商店街に来ていた。
とりあえず、冷蔵庫には食材がない。ゑみ子が二日酔いというのもあったが、朝食が質素になったのも食材がなかったからだ。と言っても達也もゑみ子も朝は底まで食べないから問題はなかったし、どちらにしろ今日買い出しに来る予定ではあったが、食事が二人から五人分に増えるのだ。明日からの平日を生き残るためには相当量の買い物が必要だ。
「お、たつ坊じゃねぇか」
近くの魚屋の店主が達也を見つけて話しかけてくる。この商店街は高徳が子供の頃からお世話になっているところで、みんな達也の第二の親や祖父母のようなものだ。
「こんちは、シゲさん」
「さっきすげぇ声出してたけど、高ちゃんでもかえってきたのかい」
けらけらとおちょくるシゲへの返答は大きなため息だった。
「おうおう、どうしたんだいたつ坊。さてはあれか。思春期ならではのえっちぃ悩みだな」
「これあんた!」
ニヤニヤと笑いながら達也の顔を覗きこむシゲに奥さんの松からお叱りがとんでくる。怖い怖いと肩を竦めるシゲ。そんな姿に達也もついつい笑みをうかべる。
「しかし、たつ坊。本当にどうしたね」
「本当に親父が帰ってくるんだよ」
面倒そうに言う達也の言葉にシゲも松も目を見開いてたまげた様子を見せる。
そのあとにシゲはすぐに店先に出て、隣の肉屋へ叫ぶ。
「おいカツ!なにさぼってんだカツ!一大事だ」
そうすると店内から面倒そうに丸みをおびたがたいのいい初老の男性が顔を出す。
「なんだようるせぇな。ついにボケたのかシゲ」
「うるせぇよ!冗談はその腹だけにしとけ!んなことより大変だ」
「だからなんだよ」
「高ちゃんが帰ってくると」
「なんだとぅ!!」
シゲ同様肉屋のカツも目を見開いて、どっかの喜劇かってほど大袈裟に驚いてみせた。
「こうしちゃいられん、おい健!商店街のみんなに伝令だ!」
「ほいさ」
その命令で店内から肉屋の若手が包丁を投げて、走り出した。
そこから話題はものすごい速度で商店街をまわり、そこら中から「高ちゃんかえってきたのかい!」「高徳の顔を久々に見れるね」「こりゃお祝いしなきゃ」とカーニバル状態に。達也は置いてきぼりだ。
「いやはや、懐かしいたつ坊の説教を聞けたと思ったら朗報の知らせとはな」
シゲが腕を組ながらうんうんと自分の言葉に頷く。
「それより、シゲさん。魚売ってほしいんだけど」
「そうだそうだ!これもってき。気にすんな気にすんな。これはうちからのお祝いだよ」
そう言って、買い物袋に魚を次々に突っ込んでく。
「お、魚屋に負けてらんねぇな!健!今日はいったいいところをやってやんな」
それに続いてカツも笑いながらドでかいブロック肉を買い物袋に投げ入れる。そこから連鎖のように商店街のみんながお祝いだと言って次々と商品を渡していく。最後には両手では持ちきれないぐらいの袋が達也を囲んでいた。しかも、ありがたいことに二輪車まで用意されている。
「み、みんなありがとう」
苦笑を浮かべる達也の礼に、みんなが笑って高徳によろしくと言って自分の仕事に戻っていく。
「シゲさんもありがと」
「おう、高ちゃんにこっちに顔出せと言っとけ」
「はいよ」
そう言って達也は夜逃げするような格好で帰路についた。
◆◇◆
「ただいま」
「おかえり、たっくん。ってすごい荷物ね」
驚いたような台詞を全く驚かない様子で口にするゑみ子にいままでの経緯を話す。そうするとゑみ子は嬉しそうににやけた。
「流石は私の高徳さんね。余計に惚れちゃうわ」
「はいはい、のろける前にこれ運ぶの手伝って」
「はーい」
1ヶ月は暮らせるだろうと言う量の食材をなんとか入る分は冷蔵庫に突っ込み、残った食材をキッチンに並べる。
久々の家族団らんの食事だ。少しぐらいは豪勢にしようと思っていた達也だったが流石に食材が豪勢になりすぎた。どうしようかと悩んでいるとゑみ子が肩をぽんと叩く。
「今日ぐらいはいいんじゃない」
その言葉は妙に説得力があった。達也もしかたないよね、とこぼし腕まくりをする。
「じゃあ、母さん。俺は飯作ってるから、2階の客室掃除しといてもらっていい」
「ほいきた!」
そうしていきなり予定にくいこんできたパーティーの準備ははじまったのだ。
それから約一時間、冷蔵庫に入りきらなかった食材が美味しそうになってテーブルに並ぶ。気づけば時刻もお昼過ぎ丁度いい塩梅だ。それを嗅ぎ付けたのかゑみ子も丁度掃除を終えて戻ってきた。
「う~ん、美味しそうね」
「まだ食べちゃダメだよ」
そうゑみ子に警告をして、携帯で高徳に電話しようとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。引っ越しの荷物が届いたのか。そう思って達也は玄関に出向き、扉を開ける。
そこには女の子が二人たっていた。
一人は黒髪の清楚そうな雰囲気の少女。もう一人は金髪褐色の見るからに良からずといった感じの雰囲気の少女。なんの接点も無さそうな二人組が目の前にいる。
(だれだ)
頭に疑問符を浮かべる無言の達也に女の子二人はにらみをきかす。
そんな態度に不信感を募らせながら達也は口を開いた。
「どちら様でしょうか」
その言葉に女の子二人の眼光はさらに厳しいものになる。そのうち清楚そうな方の子が口を開いた。
「貴方の記憶力は犬以下のようですね、愚兄」
こいつは何をいっているのだろう。追い返そう。そう思ったところで家の中からゑみ子が顔を出す。
「あら、巴に奏。はやかったじゃない」
(は?)
達也は理解できなかった。
何を言っているのだ、と目の前の女の子たちをみて再確認する。
巴はもっとやんちゃそうな活発的な女の子だったはずだ。奏は静かでもっと物腰の柔らかい感じだったはずだ。いくら8年とは言え変わりすぎだ。きっと高徳が遅れてビックリの看板を持ってくるに違いない。
未だ現れない助けを求めてさ迷う視線に気づいたのか清楚そうな女の子が人を卑下したような笑みをうかべて自ら頭をぺこりと下げる。
「お久しぶりです。犬以下の記憶力をもった残念な愚兄。忘れないようにもう一度私の名前を教えてあげます。ま、鳥のように三歩歩いて忘れてもらってかまいませんが。巴と言います」
(は?)
「奏だ。はやくどけグズ」
(は?)
頭の記憶と現状が一致しない。
目の前の現実にパニック状態におちいる達也に二人はトドメの一言を。
「これからよろしくです。愚兄」
「これからよろしく。くず兄貴」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
本日二度めの達也の咆哮が響いたのであった。
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