かわりもののクリスマス

やまなし

かわりもののクリスマス


 夜半近くまで続いたパーティー会場はひっそりと静まり返り、アライグマだけが呆然とそこに立ち尽くしていた。

 寝ぼけながら肉まんを求め靴をつかんできたキタキツネの手を引きはがし、突然天井の梁から落下してきたキンシコウに驚きながら、アライグマは何とか玄関近くの椅子に座りこむ。


「はあ……」


 大きく息を吐きながら、ジュースを飲み干す。


「なんで私しか起きてないんだ?」


 パーティーの冷めた熱気に独り言を呟く。疲労からか次々に充電が切れて寝落ちしていくアニマルガールたちのなかで、ただひとりアライグマだけが興奮状態を残したまま眠れずに残されてしまった。何故こんなことになったのか?パーティーの様子を必死に思い出すと、アライグマの視界の端の僅かな動きに何かを感じた。それは、カラカルやツチノコがこっそりと会場を後にする様子だった。


「あ……あいつら、逃げたんだな!?」


 アライグマは思わず立ち上がって叫んだ。その声に反応してサーバルが、

「ゲームっ!?」

 と寝言を言ってまたすやすやと寝息を立てる。アライグマはそのいつもの光景に目もくれずに、自分も彼女たちと同じようにこっそり会場を抜け出さなかったことを悔やみ、それを知っててすべてを押し付けられた可能性が極めて高いことに怒りを覚えていた。

 ジャパリパーク開園記念特製柱時計が、ライオンの鳴き声で十二時を告げる。鳴き声が終わると、しんしんと降り積もる雪がいっそう辺りを静寂に包んだ。

 その時、うな垂れるアライグマの耳が奇妙な物音を捉えた。


「なんだ?」


 アライグマは耳を澄ませる。それはさく、さくと一定のリズムで近づいてくる足音のようだった。いくらクリスマスとはいえ、こんな時間にジャパリパークを歩き回るのなんてそうそういないはずである。


「まさか幽霊……」


 アライグマの顔が、その服のようにさっと青ざめた。誰かを起こそうとも考えたが、誰を起こしても今は面倒くさそうである。覚悟を決めて、近くの皿にあったクリスマスチキンをつかんでドアの前で待機した。

 足音が止まる。

 ごくり、と唾を呑み込む音だけが聞こえる。

 心臓が高鳴る。来るならいつでも来い。このベッタベタのクリスマスチキンが相手だ。

 そう考えるうちに、声が聞こえた。


「ごめんくださーい。パーティはもう終わりですか?」


「ん……?」


 聞き覚えのある声だった。アライグマは慌ててドアを開ける。


「アライグマさん!」


「お前か~~!!」


 そこに立っていたのは、サンタ帽を被って肩に雪をたっぷり乗せた鳥のアニマルガール。ジャパリパーク宣伝大使ことクジャクだった。クジャクはアライグマの顔を見るなり子供のような笑みを浮かべた。

 拍子抜けしたアライグマはへなへなと身体から力が抜けていくのを感じた。

 なんとなくクリスマスチキンを見つからないようにこっそりと戻しながら、アラスカラッコが抱いて眠っていた椅子を拝借して、クジャクを座らせる。クジャクは楽しそうに肩の雪を払っていた。残っていたオレンジジュースを渡すと、これも嬉しそうにちゅうちゅう飲み始めた。


「なんでクジャクがここに?」


 アライグマは肉まんをいくつか手渡しながら訊ねた。クジャクはふわふわ言いながらそれを食べ始める。


「宣伝大使のお仕事が終わったので急いできたんです。ミライさんから、ここにアライグマさんがいるって聞いたので」


「私に会いに来たのか?」


「もちろんです!」


 クジャクは得意げに鼻を鳴らした。


「アライグマオリジナルスーパーヘビー特別料理……!この聖なる夜にアライグマさんが皆に振舞わないハズがない!私はそう確信したのです!」


「へ、へえ……」


 当然、振舞っているはずがなかった。はちみつも肉まんも、そしてパップもこの会場に存在こそしたが、誰一人アライグマオリジナルスーパーヘビー特別料理が調理できる可能性を匂わせることすらしなかった。もっと簡単に言えばみんな――アライグマ自身もそんなものの存在を覚えていなかったし、覚えていても絶対に口にはしなかった。

 おそらく、ジャパリパーク中を探してもアライグマオリジナルスーパーヘビー特別料理の存在を覚え、その実食を渇望している生物はこのクジャクだけに違いなかった。


「しかし、パーティーは終わってしまったようですね」


 クジャクはしゅんとした顔で一瞬会場を見渡す。


「残念です……」


 クジャクは実に残念そうな顔でうな垂れた。その姿に、アライグマはなんだか胸が締め付けられるようだった。


「クジャクはさ、本当の本当に、私の特別料理を美味しそうって思ったワケ?」


「思いましたよ?」


 即答だった。

 思わずのけぞる。まさかお嬢様育ちはパップの正体を知らないのだろうか?肉まんを液体にする狂気を、ハチミツを加える暴挙を想像できないのだろうか?アライグマはそれが自身考案の料理であることをすっかり棚に上げて全力で不思議に思った。


「あ、でもそれだけじゃないですよ」


「え?」


 クジャクがにっこりと笑う。


「アライグマさん、スピーチでこう言いましたよね。『肉まん好きもハチミツ好きもパップ好きも平等で仲良く幸せにできる』『みんな仲良くハッピー、これが私のポリシー』って」


「まあ……」


「私、それに感動したんです。みんな平等に幸せにできる。そんな料理がジャパリパークの名物だったら、それって素敵なことじゃありませんか?」


 クジャクの目はまっすぐに輝いていた。アライグマはそのオーラに圧倒されて、思わず聞き惚れてしまっていた。


「クジャクってすごいんだな」


「そうですか?」


「すごいよ。さすが宣伝大使だよ」


「えへへ、アライグマさんに言われると嬉しいですね」


 クジャクは静かに頬を赤らめた。そしてぐわし、とアライグマの手を握る。


「やっぱり今度一緒にお仕事しましょう!そして特別料理を今度こそ!」


「それは……そうだ!」


 アライグマは手にした肉まんをふりふり振って目線を逸らさせる。


「なにか新しい料理を考えるのってどうだ?」


「新しい料理……?」


「みんな美味しくて、仲良くハッピーになれるようなそんな料理!」


「それは……素晴らしいですね!!」


「だろ?何がいいかな……肉まんみたいに手軽に食べれて……って、クジャク?」


 気が付くとクジャクは、じっとアライグマの方を見ていた。その視線は何か強烈な熱を持っているようにアライグマは感じた。クジャクは小さく呟く。


「……やっぱりアライグマさんは凄いですね」


「何か言った?」


「いいえ、何でもありません」


 ふたりだけの会議は、楽しそうにふわふわと進んでいく。

 そして新名物のアイデアは次々に浮かび出ては、ジャパリパークの夜雪に溶けていくのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かわりもののクリスマス やまなし @yamaaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る