第4話

「へぇ。ここが下妻さんの家かぁ」


 駅前のバス停から下妻の家までは30分ほどかかった。

 辺りは竹林に囲まれ、人の気配はない。

 築50年は経っていそうなトタン屋根葺きの平屋に下妻は住んでいる。


「僕の家に何か用かな?」


 後ろを振り返ると、白衣を着て、眼鏡をかけた俺と歳が変わらなそうな青年が立っていた。

 僕の家と言ったよな?

 こいつが下妻楓?

 何か、イメージと少し違うな。


「ええ。僕は斎藤一って言います。東京から来ました」


「ほう。東京から。随分遠い所から来たんだね。まぁ、立ち話も何だから家に上がって茶でも飲もう」


 知らない人に優しくするのが群馬の県民性なのだろうか。

 正直、群馬に来て二日しか経っていないが、永住をしても良いかなと思い始めていた。


「______!? な、何ですかこれ!?」


 下妻が玄関戸を開けると、部屋の中には無数のプランターが置かれ、その全てはキュウリだった。


「ああ。これか。キュウリっていう野菜だよ」


「それは見れば分かりますが、俺が問題視しているのはこの尋常じゃないプランターの数です!」


「このキュウリは観葉植物みたいな役割をするキュウリだからね。ほら、家の中にいると落ち着くだろ?」


 いや、全然落ち着かない。

 むしろ、キュウリの葉っぱのチクチクが肌に触れると痛いし、部屋全体が青臭い。

 オッサンが言っていた通り、下妻は相当な変人のようだ。

 だが、俺には兄を助ける義務がある。

 ここは歯を食いしばって頑張らないと。


「お、お邪魔します......」


 キュウリの葉を掻き分けながら、俺は下妻の家に上がった。



 ◇ ◇ ◇



「うっわ......」


「そこでくつろいでいてくれ。今、茶を煎れよう」


 通されたのは恐らく和室だったが、座る所がないほどにキュウリのプランターが敷き詰められており、全くくつろげるような環境ではなかった。

 しかし、座らない訳にはいかんし、俺はテーブルの上にあるプランターをどかし、

 少しの隙間があった場所に腰を下ろした。


「ダメダメ! そのプランター動かしちゃ。ここはこの子達専用の場所だからさ」


 そう言うと、下妻は俺がどかしたプランターを元に戻し始めた。

 もう、何でもいいよ......。


「うわ......。何これ......」


 下妻から出されたお茶は何か変な味がした。


「これは、センブリ茶って言ってね。TVの罰ゲームとかでよく使われるお茶だよ」


 どおりで苦い訳だ。

 っうか、罰ゲームで使われるようなお茶をナチュラルに客に出すな。

 まあ、いい。

 ここに来た目的は兄貴の居所を知る為だ。

 細かい事は気にするな。


「下妻さん。それで______」


 ______ガンガンガン!!!


 俺が、下妻にここに来た目的を話そうとした瞬間、玄関の戸が激しく叩かれる。

 こんな所でも客人が多いんだな。

 と俺は楽観的な反応だったが、家主である下妻は隣に置いてあるキュウリのような青い顔で小刻みに震えていた。


「下妻! いるんだろ!? 戸を開けろや!」


 戸を叩いていた人物は荒っぽい口調で下妻に戸を開けるよう促す。

 下妻の反応、来客者の口調から俺は瞬時に借金取りを連想した。


「悪いね。彼の相手をしなくちゃいけない。斎藤君だったっけ? 君、この中に隠れていてくれ」


 そう言うと、下妻は和室の押し入れの襖を開ける。

 まあ、変に借金取りに絡まれても嫌だしここは従っておくか。

 下妻の指示に従い、俺は和室の中に入った。


 俺が扉を閉め数分後、下妻は玄関に向かい何やら客人と話しているようだ。


「いい加減、身を固めたらどうだ? お前ほどの実力者だったら、一生、遊んで暮らせるんだぞ?」


「ですが、僕は行く気がありませんから」


「本当に? 本当にか?」


「えぇ。僕の腕を買ってくれるのは嬉しいのですが......」


 どうやら、下妻の話している相手は借金取りではなさそうだ。

 何かのスカウト?

 何の?


 俺は、会話している下妻の姿を覗こうと、押し入れの戸を小さく開けた。


 中肉中背、日本人らしい足が短く、胴が長いプロポーション。

 全身に緑色のタイツを身に着け、頭には紐で括った皿が付けられている。

 河童のコスプレ?


 通常であればその異質な格好をした来訪者を変な奴だと思うだけだろう。

 しかし、よくよく見ると全身緑色のタイツを身に着けた変質者は、俺の良く知っている人物だった。


「______兄貴!?」





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