第2話 

 俺は斎藤一さいとうはじめ

 今年の春から都内の大学に通う19歳だ。

 人生初の彼女も出来、順風満帆な学生生活を楽しんでいたのだが昨日、母からlineが届いた。

 内容としては、最近、兄であるツトムと連絡が取れない。ツトムのアパートを見に行って欲しいとのこと。

 兄であるツトムは漫画家になると言って、俺が12歳の時に家を飛び出し、1年に一度しか会うことがない。

 兄であるのだが二人で遊んだ記憶もなく、実の兄というよりも親戚のお兄さんのような存在で、兄のアパートに向かう足取りは重かった。


「兄さん! いるかい? 俺だよ。一だよ」


 ドアを叩くが兄からの返答はなく、アパートの大家から借りた鍵でドアを開けて、部屋の中に侵入した。


「くさっ!」


 部屋の中は小奇麗にされていたが、キッチンには洗われていない食器があり、食器の回りに付いていた食べカスが腐り、その臭いが部屋中に蔓延していた。


「とりあえず、喚起しよ」


 窓を開け、新鮮な空気と光を部屋に入れると臭いは少しばかり気にならなくなる。


「兄さん。どこに行ったんだよ......」


 部屋の中央に置かれた小さなテーブル。

 埃が溜まり、一か月は使っていない事が窺えた。


「ん? 漫画か?」


 テーブルの上には兄さんが描いたと思われる漫画があった。

 それは、河童が海に出て、海賊をするという内容。

 あまりにもつまらな過ぎて、俺は3pくらいで読むことを止めた。


「これじゃあ、まるで夜逃だよ。母ちゃんに連絡するか」


 母ちゃんに連絡しようと、手に取った漫画をテーブルに戻そうとした時、俺はある違和感を感じ、手を止める。


「......なんだ、これ?」


 漫画が置かれていた所の下に何やら緑色の粒が数個落ちており、俺はそれを手に取り、マジマジと見る。

 見ても分からず、匂いを嗅ぐとその緑色の物体は青臭い匂いがした。


「きゅうり......? だよな?」


 兄であるツトムは漫画が大好きな人間だった。

 昔、兄の漫画の単行本に付いている背表紙を勝手に捨てた時、阿修羅の如く怒って来たのを覚えている。

 漫画を大切にしている兄が神聖な原稿の前でキュウリを食べるのは考えにくい。

 もしかして、誰かに攫われたのか?

 いや、しかし、誰が? 何の為に?

 警察に報告するべきなのだろうが、俺は警察というものを全く信頼していない。

 通報したところで事情聴取などを取られるだけで時間の無駄。

 だったら、俺が何とかして......。


「ん? これは?」


 俺は、テーブルの下にあるビニール袋を発見し、手に取る。

 それはキュウリが入っていたビニール袋。

 一見、何の変哲もない袋だがこの袋には生産者の名前があり、また、大手チェーンスーパーのシールのようなものは付いていない。

 これは直売所や農家と直接つながっている販売所でないと買えないはずのもの。

 もしかしたら、兄を見付けるきっかけになるかもしれない。


 思い立ったが吉日。

 俺はその足で東京駅に向かった。

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