第28話 少しは感慨に耽ったらどうだ

「“ダークネス=サモンゲート”!!」


 サヴァトがそう唱えると、辺りの地面が次々と隆起して人型の土人形が出来上がった。やがてそれはサヴァトの魔力により、彼の意に従って整然と動き出した。それを見ていたランディが感心して口を開く。


「ほほー。レベル2土魔法か」


「いや、闇魔法だって言ってんだろ!?」




 ここは天堂中学校から一キロメートルほど離れた天堂運動公園の一画。午後九時、二人はここで落ち合い、中学校襲撃に備えた入念な打ち合わせ(この二人に関しては、打ち合わせ通りにいったことなど一度もないのだが)を行っていた。


 そのうちに、サヴァトが新魔法を覚えたと言うので、ランディがそれを吟味するという展開になった。その新魔法とは、土のレベル2魔法“マッドパペット”である。土人形を作り出し、術者の意のままに操るという魔法だった。なお、サヴァトはこれを“闇の世界から使者を呼び出す魔法”と設定し、”永遠の闇に覗く召喚門ダークネス=サモンゲート”という大仰な名前を付けている。

 さすがに彼の魔力では長時間の維持は無理だったらしく、土人形は三分も持たずにその身体を塵に還した。だが、それでもランディは感動し、感嘆の言葉を口にした。


「こんな短期間でレベル2に到達するとは――」


 彼は感動のあまり、思わず涙ぐみ、感慨深げに宙を見上げた。


「やっぱ、俺の教え方が良かったんだろうなあ……」


「は? あんたに教わったことなんかねえし!」


 すかさずサヴァトがその言を否定すると、ランディが苛立った様子で口を開く。


「こら、クソガキ。そういう時は、調子を合わせて“おかげ様で”とか言っておくもんなんだよ。もう少し上の人を敬わねえと、社会に出たらやっていけねえぞ?」


「クリーニング屋の居候に言われても、説得力ねえよ!」


 ランディの表情が瞬く間に冷たく変わる。ランディにとって最も触れられたくないことを言葉にしてしまったサヴァト。その頭上に、無言でゲンコツが振り下ろされた。


「痛ってえ!」


 サヴァトが頭を抱えてうずくまった。一方、ランディはポケットに手を入れ、不機嫌そうに背中を丸めて歩き出した。


「オラ、さっさと行くぞ! スフィアを黒くできるんだろ?」


「ああ、見せてやるぜ……! 俺にしかできねえ、俺だけのダーク=スフィアをな!!」


 頭部の鈍痛に耐えながら、サヴァトが力強く言葉を発した。右拳を天高く掲げて、それっぽいポージングをしてみたものの、ランディはそれに一切目もくれず、背中越しに彼に問うた。


「……で、弥生が不在ってのは本当なんだろうな?」


「あいつの口から聞いたんだ。間違いないぜ! なんか、“なんとか会”ってのに出るって言っていたな」


「なら、今夜でこの戦いも終わりだ。さっさと願い叶えて、終わらせてやるぜ……!」


 ランディが右手をポケットから出し、その金の指輪を満足げに見つめた。彼の炎の魔力が膨れ上がり、周囲にいる全ての者を威圧した。と言っても、周囲にはサヴァトしかいなかったわけだが。



* * *


 そして午後九時半、天堂中学校上空のスフィアが七色に変化した。

 やがて、魔獣が校庭に産み落とされた。今回は“二つ目”の魔獣だった。


「……あれ?」


 その様子を見て、サヴァトが愕然とする。彼がスフィアを黒く染めるつもりで発した魔力は、ただ魔獣を生み出しただけで、結果、スフィアはいつも通りに白い光を湛えるだけだった。

 それを横で見ていたランディから、サヴァトの頭上にゲンコツが飛んだ。


「痛ってえ!!」


 先刻と同じところを殴られ、うずくまるサヴァト。ランディはそんなことはお構いなしに、彼を責め立てた。


「あれのどこが黒だ? 普通に魔獣呼んだだけじゃねえかよ!!」


 サヴァトが目に涙を浮かべながら、自らの両手を不思議そうに見つめて言った。


「おっかしいなあ……。ミドに言われた通りにやったぜえ? 何が違ったんだ?」


「知るかよ!」




「あ、あんなところにいたよ、夏樹ちゃん! 闇の王だ!!」


 体育館の屋根の上に居た二人の蛇の使徒を、早苗が発見した。その声を聞きつけ、夏樹と霜亜来も体育館の前にやってくる。夏樹がサヴァトの傍らに立つランディの姿を認め、周章して口を開いた。


「うげ、金髪も一緒じゃねえか! 逮捕されたんじゃなかったのかよ!?」


 あの逮捕劇の後、証拠不十分という名目で釈放された月比古である。だがその際に、『今後、女子中学生に変態行為を働きません』と書かれた、秋比古お手製の念書に無理やりサインさせられるという屈辱を味合わされていた。




「早苗……」


 ランディがその想い人の名を呟く。彼は屋根の上から三人の少女たちを見下ろし、そして強い意志をその目に湛えた。


「サヴァト、手前はそこで見てろ。俺の愛の闘いを、見せてやるぜ!」


 サヴァトが返事をする間もなく、彼は屋根から飛び降りた。大地を激しく揺らしながら着地すると、早苗を指さし、そして言った。


「早苗、俺と勝負だ……! 俺が勝ったら、俺と付き合え!」


「え、えええっ……!?」


 突然の提案に、早苗が驚く。一方、夏樹が呆れた顔で彼を見つめ、右手で頭の横に渦を巻くジェスチャーをして口を開いた。


「頭沸いてんのかよ、オッサン……」


 すると、霜亜来が感心した様子で口を開いた。


「そういう付き合い方もあるのね。恋愛って深いのね」


「何で納得してるの!? 霜亜来ちゃん!?」


 早苗が慌てて彼女に訴える。そしてランディを指さし、その提案を必死に否定した。


「付き合わないからね!? 私、そんなんじゃ絶対付き合わないからね!?」


 だが、ランディは聞く耳をもたない。狼狽える早苗の様子を微笑ましく見つめ、「照れ隠しかよお、早苗」と添えると、嬉しそうに頬を掻いた。

 屋根の上から、サヴァトがぽかんと口を開けてその様子を眺める。年甲斐もなく中学生を口説こうとするその男の姿に呆れ、呟くように言葉を口にした。


「何やってんだ? あのオッサンは……」




 すると、勢いよく校庭に入ってきた車があった。くすんだ青のSUV車――マツダのCX-3だ。それは猛スピードで正門から入ってくると、トラックレーンの手前で後輪を真横に滑らせる。激しいブレーキ音を響かせて、校庭の一画に半円形のタイヤ痕を残すと、それは静止した。

 その車の助手席の扉が勢いよく開くと、一人の女性が現れた。黒のスーツに身を包んだ、ポニーテールの女性が校庭に降り立った。

 彼女は校舎を見つめ、嬉しそうに口を開いた。


「おおー、懐かしいなあ! 学校よ、学校! 夜の学校よぅ!!」




 次いで、運転席からも一つの影が校庭に降り立った。それも女性だった。


「はしゃぎすぎだぞ。もう少し弁えろ、神無かんな


 冷静に助手席の女性を窘めるその運転手もまた、ビジネススーツに身を包んでいた。ベリーショートの髪型ゆえか、非常に凛々しい印象を与えた。


「何よ、睦実むつみ!? あんたは懐かしくないの?」


 ポニーテールの女性が、楽し気にその場でくるりと身体を翻らせる。こちらの女性は、その頬を赤らめていた。どこかで酒を飲んできたのか、ややほろ酔い気分のようだった。

 車のフロントグリルに軽く身体を預けて、ベリーショートの女性もまた校舎を見つめた。その瞳が優しく、だがどこか儚げな光を帯びる。そして、ゆっくりと口を開いた。


「懐かしいさ。だが、少しは感慨に耽ったらどうだと言ってるんだ」


 暫く校庭で踊るようにステップを踏んでいたポニーテールの女性が、やがて車に駆け寄り、その後部座席の窓を覗き込んだ。この車にはもう一人乗っているのだ。彼女はその人物を呼び出そうと、窓をコンコンと叩いた。


「こらー、起きろよう。学校に着いたぞー」


「疲れてるんだろ。そっとしといてやれよ」


 車中の人物もまた酒を嗜み、その結果眠ってしまったようだった。車中で唯一だったベリーショートの女性が、優しく微笑んだ。


 その様子を、サヴァトは体育館の屋根の上から見つめていた。


「なんだあれ……。オバサンが二人……?」


 校庭ではしゃぐ二人の女性。その年のころは三十歳前後に見えた。体育館前で対峙するランディと三人の魔法少女たちからは、ちょうど建物が影になっていて彼らの姿を認識できないようだった。

 サヴァトがふと気づくと、校庭の中央では、彼の出した魔獣が、ぼんやりと宙を見上げたまま立ち尽くしていた。それを見て、彼は一つの策を思いつき、その口元を邪悪に歪めた。



* * *


「フゥーハハハ! こっちを見ろ! 魔法少女ども!!」


 少女たちの背後からサヴァトの声が響く。彼女らが振り向くと、そこには魔獣を従えたサヴァトの姿があった。その魔獣の巨大な両腕には、先刻校庭に現れた二人の女性が捕らえられていた。


「どうだ!? 近所のオバサンどもを捕らえてやったぞ! こいつらの命が惜しければ、諦めて投降しろ!!」


 これがサヴァトの策。人質作戦である。二人の女性に背後から魔獣を忍ばせ、見事その両腕で一人ずつ捕らえることに成功したのだ。なお、この際、この二人が悲鳴をあげることなく、ただ大人しく彼の指示に従ったことに、サヴァトは若干の違和感を感じていた。


 ランディが驚いて目を丸くしたが、やがて感心してサヴァトに歩み寄った。


「おお、人質とは考えたなあ、新」


「へっへー! まあ手法としてはベタだけどなー。これで勝ったも同然だぜ!」


 サヴァトが得意げにほほ笑む。少女たちはどう動いてよいものか判断が付かないようで、ただ身構えたまま、二人の使徒と一匹の魔獣の前に立つだけだった。

 ランディが魔獣の前に立ち、その人質となった女性の顔を見た。すると、そのベリーショートの女が彼の顔をじっと見て、おもむろに口を開いた。


「お、知ってる顔だな。秋比古か? 月比古か?」


 ポニーテールの女もまた、彼の顔を見た。


「あ、金髪ならランディ―だ。ひっさしぶりー」


 魔獣に掴まれたまま、屈託なく笑う女性。その姿を見て、ランディの顔がみるみる青ざめていく。彼は一歩後ずさり、「おい」とサヴァトへ声を掛けた。


「こいつらが誰か分かった上で、捕まえたんだよな……?」


「あん? ただの近所のオバサンだろ?」


 ランディの口元が引きつった。サヴァトは彼の様子が一変したことに気付いたが、その理由が分からずに小首を傾げた。

 ベリーショートの女が、サヴァトを睨みつけて口を開いた。


「そっちの小僧は、なかなか面白いことを言うんだな」


 ランディは、その女性の左手に光る銀色の指輪を確認すると、さらに後ずさり、やがて彼らに背を向けた。そして言った。


「……すまんが、俺は帰る。後はがんばれよ」



 そのまま立ち去ろうとするランディを、サヴァトが狼狽えた様子で引き留める。


「ちょっ! なんで!?」


 すると、ランディの身体が突然宙に浮いた。それは彼自身の魔力によるものではない。以前、全く同じものを見たことがあるサヴァトが、また狼狽えて口を開いた。


「あれ? これって、力魔法フォース!?」


 ランディが慌ててその足をジタバタと動かすも、それはすでに大地から離れてしまっていた。彼の身体は何者かの力魔法によって、しっかりと捉えられ、宙に浮かせられてしまったのだ。この場にいる者の内、このような芸当ができるのは、たった一人しかいなかった。彼はその名を呼んだ。


神無かんなか!? 放せ、この野郎! 俺は帰るんだよ!!」


 その名を呼ばれたポニーテールの女性が、ニコニコと微笑み、ランディへ言葉を掛けた。その魔力の放出を受け、左手の銀色の指輪が強く光る。


「やあだ、ランディ。久しぶりなのに、遊んでくれないのぅ?」


「お前と絡むと碌なことがねえんだよ! 帰してくれ!!」


 さらにもがくランディだったが、それは徒労に終わった。力魔法においては、彼女の右に出る者は弥生くらいのものだ。彼の身体は、完全に空中に固定された。

 

 人質に取ったはずの女性が、力魔法を操ったことに唖然とするサヴァト。すると、突然大きな音がして、彼の魔獣が崩れ落ちた。見ると、どうやったのかは分からないが、魔獣の胴に大穴が開いてしまっていた。

 その二人の女性は、いつの間にか魔獣の拘束から逃れ、その横に立っていた。その魔獣の身体に大穴を開けたであろう張本人――ベリーショートの女が、灰になりつつある魔獣の顔を覗き込んで口を開いた。 


「やたら脆いと思ったら、ランク2か。この程度で私たちを人質に取るとは、舐められたものだな」



 その女性から感じられたのは、明らかに魔力だった。状況が把握できず、サヴァトがさらに狼狽える。


「んな……? 何で近所のオバサンが魔法を使えるんだよ!?」


「オバサン、だと……?」


 ベリーショートの女がサヴァトを睨む。一方、ポニーテールの女は、笑顔を浮かべたままでランディへ向けて魔力を強めた。ランディが苦悶の悲鳴を上げた。


「ちょっ! 神無! 締めすぎ! 締めすぎてる! これ死ぬから、マジで!!」


 ポニーテールの女が口を尖らせ、首を傾げた。いつもより力魔法の調整が利かないのだ。


「んー、やっぱ変身しないと、力加減が難しいのねえ」


 その言葉に、ベリーショートの女も「同感だ」と答えた。


 宙に浮かせられたままのランディが、サヴァトに大声で確認した。


「サヴァト、もしかして弥生が言ってた“なんとか会”ってのは、“同窓会”か!? “同窓会”だろ!? そうだな!?」


「あー、なんかそんな名前だったかも……」


 ぽかんと口を開け、それに答えたサヴァト。その呑気な様子に、ランディが歯噛みし、そして吠えた。


「この野郎! それを知ってりゃ、絶対に来なかったぜ……!!」



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