第9話 馬鹿と言う奴が馬鹿なのだ
「――来た」
午後十時、その魔力を感知した弥生が呟いた。クロウもまた、それに気付いて口を開く。
「来たぞ、三浦」
「うん、あたしも感じた……。この魔力、間違いない――」
厄介な敵の到来を察知し、彼女の瞳が強く輝いた。彼女は、その蛇の使徒の名を告げた。
「――ドネスターク!!」
金属音と共に、スフィアが七色に変化する。やがて、その真下には平屋建てほどの大きさの、巨大な魔獣が現れた。
それを見た夏樹が周章して口を開く。
「なんだあ、ありゃあ!? でかすぎねぇか!?」
「目が、目がいくつあるんだろ……? 十? 二十?」
早苗がその魔獣の赤い瞳の数を数えていると、いつの間にか弥生が二人の隣に現れ、その答えを告げた。
「――十五個ね。ランク15よ。いよいよ本気出してきたわね、あいつ」
弥生は二人を自身の背後に回るよう促した。その額に、汗が一筋流れる。
「……下がってなさい。あんたたちじゃ、手に余る相手よ」
そして彼女は、懐から耳栓を取り出して、その耳へ押し込んだ。
次の瞬間、稲光と共に轟音が響き渡った。その強大なる雷の魔力を携えて、一人の壮年の男が校庭へ降り立つ。男は高らかに笑い、そして叫んだ。
「ふはははは! 今夜こそは決着をつけてやるぞ、三浦 弥生!!」
黒き衣に身を包んだその男は、さらに早苗と夏樹を見据えて続ける。
「そして、ランディ=マルディとメルコレディを退けたという、二人の新米魔法少女よ! 聞け! 怯えろ! そして
再び稲光が校庭上空に走る。彼が口を開くたびに、校庭の空気が震えた。その圧倒的な迫力に、二人の少女は思わず立ちすくんだ。彼は不敵な笑みを浮かべて言葉を繋いだ。
「我こそは、“ブラック大江戸団”の首魁にして、蛇の使徒の頂点を極めし者! その名を恐怖と共にその身に、心に、刻むがよい!!!」
そしてまた激しい落雷が校庭に降り注いだ。レベル2雷魔法の“サンダー=フレア”だ。
いつも通りの演出が終わり、クロウが口を開く。
「今日も無駄に元気だな、
「そこ! 本名で呼ぶんじゃないっっ!!!」
無駄に熱い男――ドネスタークが、すかさずクロウに指摘を飛ばした。
早苗と夏樹が唖然として、その姿を見つめた。早苗が呟いた。
「うわあ、なんかすごいのが来たねえ……?」
一方、夏樹は小首を傾げている。
「つか、聞き間違いかな……? 今、あのオッサン、変なこと言わなかったか?」
「え? そう?」
「大江戸団? って聞こえたけど……?」
クロウが夏樹の頭上に飛び乗り、口を開いた。
「“ブラック大江戸団”だ。蛇の使徒たちによって結成された、秘密結社の名だ」
その言葉を聞き、早苗と夏樹が顔を見合わせた。念のため、夏樹が聞き返す。
「えーと? 何だって?」
「“ブラック大江戸団”だ」
クロウが再度その名を口にした。
――暫しの沈黙。そして失笑。
二人の少女の大爆笑をBGMに、弥生とドネスタークが対峙する。弥生が落雷対策の耳栓を外し、呆れた顔で口を開いた。
「あんた、いい加減、その変な組織名をどうにかしなさいよ……」
「どこが変だ!? 夜の闇を象徴する“ブラック”に、日本古来の良さを取り入れた、素晴らしい名前だろうが!!」
「それ、名乗ってるの、三人の中でもあんた一人だけだから」
ひとしきり爆笑し、夏樹がその目元に浮かんだ涙を拭った。早苗は息ができないほど笑ったため、腹を抱えて膝を着いている。
「なんだかよく分からないけど、あのオッサンが馬鹿だということは分かったかな」
「何で、あんな名前になっちゃったんだろうね?」
早苗が腹筋の痛みをこらえながら言うと、クロウがそれに答えた。
「本来、“ブラックムーン”という組織だったのだが、弥生がその首魁を次々と討ち取ってしまってな。その頭に立つ人物が代わる度に、組織名も一新されていったのだ」
「で、今はあのオッサンが団長になって、“ブラック大江戸団”にしちゃったわけね……」
夏樹が苦笑いと共に腕を組んだ。早苗が小首を傾げる。
「でも、なんで大江戸なんだろうね? あ、でも、よく見ると和服着てる……?」
早苗の言った通り、ドネスタークは黒の着物を纏っていた。白い竜の図柄が、あちこちに散りばめられ、お世辞にも趣味が良いとは言い難いデザインのものだった。それを見て、早苗が口を開く。
「時代劇が好きなのかなあ? でも、あんな着物、時代劇には出てこないよね……? やっぱり馬鹿なだけなのかな……?」
いつもより辛辣な早苗の言葉に、また夏樹が吹き出した。
未だ笑いが収まらぬ二人を一瞥し、弥生が呼びかける。
「二人とも、声がでかいわよ……。それに、それ、禁句だから」
――「誰が馬鹿だあああああ!!!!!」
ドネスタークが吠えた。彼自身、最も気にしている欠点を指摘され、その怒りは瞬く間に心頭に発した。再びその身体に雷の魔力を滾らせていく。
それを見た弥生が、面倒くさそうに髪をかきあげた。
「あーあ、あいつ、キレると厄介なんだよなぁ……」
「馬鹿と言う奴が馬鹿なのだあああ!!!!!」
そう叫ぶと、傍らの巨大な魔獣も、彼の怒りに呼応するかのように邪悪な雄たけびをあげた。
「許さん! 許さんぞ! 魔法少女ども!! 我が魔獣の一撃、その身に受けるがいい!!!」
ドネスタークの指示を受け、十五もの瞳を持つ魔獣が猛然と弥生に飛び掛かった。その体躯だけではなく、スピードもランク1の獣とは比べ物にならない。瞬く間に弥生との距離を詰めた魔獣は、その巨大な爪を彼女の頭上に振り下ろした。
弥生が頭をぽりぽりと掻いて、呟いた。
「面倒くさいなあ、もう……」
そして、次の刹那、いつの間にか取り出していた煉瓦色のカードを両手で持ち、その呪文を唱えた。
「“ファイヤボール”」
その巨大な魔獣の身体を、遥かに凌駕する大きさの炎球が飛び出した。それは瞬く間に魔獣の身体を覆いつくしていく。やがてその炎が収束する頃には、そこにはもはや魔獣の姿は無く、僅かな灰が空に舞うだけだった。
いとも簡単にランク15の魔獣を灰塵とした弥生を見て、二人は度肝を抜かれた。夏樹がその直前に弥生が唱えた魔法を思い出し、震える声で呟く。
「ちょ、今の、早苗のと同じ呪文だよなあ……?」
それに気づいたのは早苗も同様だった。信じられない、といった表情で呟いた。
「な、なんでえ……?」
まさかの展開に目を丸くしたのは、二人だけではない。ドネスタークもまた、その表情に驚きを隠せず、唇を震わせた。
「……レ、」
いつしか驚きは怒りと変わり、彼はその右拳を力強く握りしめた。そして叫んだ。
「レベル1の魔法で片づけるなあああ!!! それも詠唱無しで!? わしの立場も考えろよおおおお!?」
「あー、うっさい。うざい」
弥生は一つ溜息を吐き、そんな抗議は受け入れません、とばかりに手で払う仕草をした。
彼の怒りは収まらない。魔獣は失ったが、まだ彼には強大な雷の魔力が残っている。彼はそれを仇敵へぶつけるべく、呪文を唱えた。
それを見た弥生が、頭をぽりぽりと掻いて、また気だるそうに口を開いた。
「あー、レベル4魔法出してきたかあ。面倒だなあ、ほんと」
彼は全身に滾る魔力を、その両手の中へと集めていく。それは雷の球へと変わり、激しい破裂音を繰り返しながら徐々に大きさを増していった。なお、すぐさま魔法を放つことも可能だが、彼は演出のために敢えて溜めの時間を作っている。
「くくくく!! 死ねい!!!」
そして魔法が放たれた。雷の球は巨大な雷の竜巻へと変わり、弥生へと突き進んでいく。
弥生はそれを平然と眺め、銀色のカードを取り出した。
「とりあえず相殺か。
カードから岩の塊が飛び出し、雷の竜巻をいとも簡単に押し包んだ。その電力は厚い岩盤に吸収され、また竜巻の威力もそれを破ることはできず、ドネスタークの魔法は完全に無力化されてしまった。
己の最大攻撃を簡単に封じ込まれ、驚きで動きが止まったドネスターク。弥生はその隙を見逃さず、素早く反撃の魔法を唱えた。
「どこかで頭冷やしてきなさい……。“スパイラル=トルネード”!」
“スパイラル=トルネード”はレベル3風魔法である。術者の魔力の込め方次第で、その威力を自在に変えることが出来るわけだが、今回、弥生が込めた魔力は、彼を数十キロメートル先まで吹き飛ばせる程のものだった。発生したつむじ風の大きさを見て、ドネスタークもまたその威力を察知した。
「食らうかあ!!
素早く防壁を展開した彼だったが、そのつむじ風はガリガリとその壁を削り取って彼に迫ってくる。彼はその防壁にさらなる魔力を注入し、必死に耐えた。
――校舎の屋上では、その戦いを静観する二つの影があった。一つは有翼の白蛇ミド、そしてもう一つは黒髪の少女である。
その少女は、校庭の片隅で戦いを見守っている夏樹と早苗の姿を見て、驚いて声を上げた。
「あの二人、上月さんと宇野葉さん……?」
ようやく口を開いた彼女を見て、ミドが声を掛ける。
「友達かい?」
「違うわ。ただのクラスメイトよ。……いつも騒がしい二人だわ」
「じゃあ、君とは合わないかもね。少し安心したよ」
「安心?」
「仲の良いクラスメイトとは、戦えないだろう?」
「……そうかしら」
一度驚きで崩れたものの、その表情はいつしか平静に戻っていた。彼女は二人の様子を気にしながらも、その視線を弥生とドネスタークの戦いへと戻した。
校庭では、いよいよ弥生の魔法がドネスタークの防壁を残り1センチほどまで削り取っていた。彼は気合の雄たけびと共に、最後の魔力を防壁へ注入したが、それも時すでに遅し。ついに防壁は破られ、彼の身体はつむじ風と共に空高く舞いあげられた。
上空にドネスタークの悲鳴が響きわたる。それはドップラー効果によって音程を次々と変えながら、遥か遠くへと消えていった。
ミドが空を見上げ、呆れた様子で口を開いた。
「やっぱりドネスタークが押し負けたね。今回も駄目だったみたいだ」
早苗と夏樹が歓喜の声を上げて、弥生に駆け寄った。その様子を見下ろしながら、黒髪の少女が呟く。
「あの人が、三浦 弥生ね?」
ミドもまた視線を校庭へと移した。
「そうだよ。彼女たち三人が、このスフィアを守護する魔法少女だ」
そして彼は少女を見て告げた。
「――そして、君の敵だよ。霜亜来」
その黒髪の少女――桂木 霜亜来は、ミドの言葉を受けても、依然としてその表情を崩さない。その右手には、蛇の使徒の証である金色の指輪が光っていた。
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