第4話 虹

毎日やりとりをするうち、心晴は自分の心がどんどん晴れ渡って行くのを感じていた。

名前は、『一樹』さん。

それ以外は何も知らない_名前しか知らない、彼のことが。



どんどん好きになっていく。



なんだかんだで、二週間が経っただろうか。

今ノートを置きに行って帰ってきたところだった心晴は、二つのことが気になっていた。


一つ目、『一樹』は、いったい何者なのだろうか、ということ。


不登校の心晴はともかく、彼は普通に学校に行っているはずで。

いや、それは誤認識なのだろうか?

心晴は、一樹の年齢を知らない。

もしかして、大人?

小学生・・・?

心晴は頭を抱えた。

思考が迷走していく。


二つ目、もうすぐ雨が降る。


どんどん曇っていく空を眺める。

今にも泣きだしそうなそれを見て、ため息をつきたくなる。

雨に濡れてぐしゃぐしゃになったノートが目に浮かぶようだ。

心晴はしょうがなく立ち上がった。

パーカーをさっとはおり、足早に玄関を出る。

___時雨の季節だ。



***



雨が降り出す直前、心晴は息絶え絶えにその場所にたどり着いた。

先ほど家で見た風景より明らかに暗くなっていく空を見て、焦慮したためである。

運動不足のため、上がった息を整えていると_。


「あの!」


突然男性の声がして、心晴はびくっとした。

振り向くと、知らない男が。


「は、はいッ・・・??」


「あの、それ僕のノートなんで・・・」


「あ、あたしのですッ!」


「いや、僕の」


「あたしの_ッ」


「・・・・・」


「・・・・・」


そして、息を合わせて。


「「えええええ___!?」」


その声に作動したように。

雫が心晴のおでこにぽつんと当たった。

それをきっかけに、どんどん強くなる雨に一瞬呆然とした二人は顔を見合わせ、一目散に雨宿りできるところを探し始めた。




「・・・・・ふぅ」


「ここなら大丈夫そうですね」


「ああ。・・・でさ、君がその・・・『心晴』さんなんですよね?」


「ええ。あなたはじゃあ、このノートの持ち主だった『一樹』さん」


「は、はい。そうです・・・あはは、まさか会えるなんて・・・」


一樹は笑うと、雨に濡れた髪を引っ張った。

水滴がポトリと落ち、地面に染みを作る。

バス停にとりあえず避難したのだが、人やバスが来る気配は全くといっていいほど無い。

その証拠に、バス停表を見てもバスが来るのは、二時間に一回だった。

それも、さっき通り過ぎて行ったばかり。

さすが田舎である。


「あの、ハンカチいります?」


「え?」


彼は驚いたようにこちらを向いた。

心晴はそれを意識しないまま自然にハンカチを取り出し、差出し_彼の顔色に気付いた。


「…っあっ…すいません、さっき出会ったばっかなのに馴れ馴れしくって…」


そう言うと、一樹は閑雅に笑い。


「…んーん、ちょっと驚いただけ。そんなに社交的だとは思わなくて」


「しゃ、社交的って!そんなことないです」


「はは、じゃあそれが君にとって普通なんだね。・・・中学、生ですか?」


「い、一応、高校生・・・デス」


「あ、ああっごめんなさい!!なんか華奢で・・・あっちょっとまって余計なことを・・・」


「いいんですよー。ほんと、なんですマジで。・・・分かってますよね、、あたしが不登校だって」


「・・・んー、日記に学校とかの内容が全く出てこないからね。なんとなくは・・・」


「あはは、やっぱそうですよねー。・・・あなたは、高校生ですよね?」


わかる。

わかってしまう。

嫌な予感。

彼が着ているのは、制服。

それも、自分が通っている高校と同じエンブレムがついている__


「はい。岡崎高校一年です」


「・・・そ、そうですか・・・」


___はい、なんかもう終わった。

頭の中でチーンと鐘が鳴る。

まさかの、

___やっぱ、見たことあると思った。この人は、校内でも有名人の、『須藤一樹』だ。


「あの、君ってやっぱり、あのー・・・大石心晴さんじゃありませんか?」


「・・・う・・・うぅ・・・あのぉ・・・あたしのこと・・・知ってるんですかぁ・・・?」


「は、はい。同じクラスで不登校なのはあなただけですから。・・・なんで来ないんですか?」


「耳が痛い・・・あたし、もう学校行けないで一か月経とうとしてるんです~。行けないです~。もうハードル上がり過ぎてて、あたしみたいな臆病者はぁ・・・」


「、、来て、くださいよ。絶対、悲しむ人だっていると思います」


「そんなの、いないですよ!!」


気が付いたら、叫んでいた。

たちまちハッとして、心晴は口を押える。


「すいません、大きな声出して」


「いや、いいんだけど・・・」


沈黙が支配する。

どんどん慨してきた心晴は、俯いて、返されてきたハンカチを受け取った。

ほんのりと、熱が伝わった。


「じゃあ、僕が来てほしいって言ったら?」


静かで、でも温かい声が心晴の耳朶を打った。

反射的に顔を上げると。


「僕が、頼みます。大石心晴さん、学校に来てください。心配してます」


大真面目な顔でそう言うので、心晴は思わず吹き出した。

彼は少し傷ついたような顔で硬直したものの、すぐに笑う。

そう__この人は有名だ。

として。


「日記帳、明日から心晴の学校の机に置いとくからな」


どきん。

『こはる』。


「かっ、勝手にすれば!?」


「ははっ、その意気じゃん。あっほら、雨やんだみたいだ。今のうちに帰ろうぜ」


「そ、そうで・・・そうだね。じゃあ、また明日」


意識することなくそう言った心晴は、振り返ることなく走り出した。

そらには、ほのかに虹が出ていた。





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