7th refrain

 僕とキミは付き合いだして、距離感は今まで以上に近くなった。しかし、真面目なキミの提案で学校でイチャつくということはなく、校門を出たら手を繋いで帰るだけという年相応で学生の本分と健全な男女交際というものを両立させていた。

 そして、中間試験の試験週間に入った。

 僕達は放課後に一緒に勉強することにした。図書委員ということを利用して、普段から利用者の少ない図書室の一角いっかくで僕とキミは向かい合って座る。ここではキミは先生で僕は生徒だった。

 僕は苦手な数学をなんとかするために、キミが先生から借りてきた問題集などから出してくる問題をいた。僕がつまづくと机の反対側からヒントが飛んできて正解にみちびかれる。だんだんつまづかなくなってきて、難しい問題に手を出す。僕が自力で答えにたどり着き、解けないと思っていたのかキミは驚いた顔で、「すごい」と声を上げる。

 そして、キミは身を乗り出し、僕のノートを覗き込み、解説しながら簡単な解き方を教えてくれる。キミは少し熱くなっているようだった。

「すげー! アヤのやり方だと簡単に答えだせるじゃん!」

「でしょー。というか、ユウくん。数学苦手とか嘘でしょ?」

「嘘じゃない、本当だって」

 僕とキミは笑いながら同時に顔を上げる。そして、ふいに接近した僕とキミの顔の距離は15センチ――。

 僕達は意識してしまい、顔をお互いに赤らめたまま固まってしまう。そのままどれくらい時間が経ったろうか――時間的には数秒なのだろうが、とても長く感じる時間が過ぎていく。キミの顔は離れていき、席に座りなおし、髪を耳にかけなおす。その耳は真っ赤に染まっていて――。

 そして、キミは一つ息をいて「今日はこれくらいにしようか」と、帰り支度を始める。

 僕もキミも健全な付き合いをしているが、年相応にその先ということにも興味は持っていた。


 中間試験の始まる前日の日曜日。僕は買い物に出かけた。

 母親にどうしても買いたいものがあると言い臨時りんじで貰った小遣いと、めていた小遣い全てを財布に入れる。キミのために使える予算は最大で4500円――。それでも僕にとっては大金だった。

 ショッピングセンター内の女性用の小物やアクセサリーの売っている店に入り、僕は周りの視線に耐えつつプレゼントを探した。しかし、何を選んでいいか分からないし、想像以上の値段の書かれた値札に僕は萎縮いしゅくする。

「あれ? 祐希じゃん?」

と、僕はふいに声を掛けられた。声の主の方を見るとそこには姉がいた。

「姉ちゃん? 何でこんなとこにいるんだよ?」

「それはこっちのセリフよ。私はさっきまでバイトしてたの」

 僕は「ああ」と納得しつつ、目線を逸らす。4つ年上の姉は高校生になってから、このショッピングセンター内にあるファストフードの店でバイトをしていた。

 姉は僕をジロジロと見て、

「ふーん。あの彼女さんにプレゼントでもするの? 祐希もなかなかやるねえ」

と、背中をバンバンたたく。

「なんで姉ちゃんが俺の彼女のこと知ってるんだよ?」

「そりゃあ、あんな堂々と毎日手を繋いで帰ってれば、見かけることもあるよ。あの肌白くて華奢で髪の長いかわいらしい子でしょ?」

 僕は「うっ」と、言葉に詰まる。

「べ、別にいいだろ。姉ちゃんには関係ないじゃん?」

「そんなこと言っていいのー? そもそも祐希に彼女さんを喜ばせれるようなセンスあるのー?」

 姉がにやけづらで不安になる言葉をささやく。僕は仕方なく、姉にプレゼント選びの監修かんしゅうをお願いする。

 予算内で無難ぶなんなものをと考えていたが、どれを選んでも違う気がした。姉はリーズナブルでかわいらしい小物や雑貨を「中学生ならこんなもんでしょ」と、すすめてくるがどれもピンとこなかった。

 あきれた表情の姉を横目に根気よく見て回ると、犬をモチーフにしたネックレスを見つけ、これしかないと思い手に取った。しかし、6300円という値札が目に入り――残念ながら予算オーバーで僕は肩を落とす。

「なんで犬?」

 姉が横から覗き込みながら尋ねる。

「アヤ……えっと、彼女、動物が好きで犬飼ってるんだ。で、読書好きなんだけど、使ってるブックカバーとかしおりなんかも犬のイラスト入ったやつ使ってるんだ。だから……」

 横で「ふーん」と、姉がにやけ面で見てくる。その視線に耐えつつ、僕は今日見た中ではこれが一番いいと思ったけれど、予算が足りないのでしぶしぶネックレスを戻そうとする。

「で、祐希。いくら足らないの?」

「えっ!?」

「だから、いくら足らないか聞いてるの。それ、どうしてもあげたいんでしょ?」

「えっと、2000円くらい足らない……」

 姉は自分の財布を取り出し確認し始める。そして、一つ大きく息を吐いて、

「仕方ない。それくらいなら貸してあげるよ」

と、僕に向けて親指を立てる。僕は初めてこの人が姉でよかったと感激かんげきする。

「ありがとう、姉ちゃん」

「そのかわり、できるだけ早く返しなさいよ。あと、彼女さんをウチに連れてきて紹介すること。いい?」

「うん。でも、連れてこいってなんでよ?」

 姉は口角こうかく不敵ふてきり上げ、

「そんなの祐希の小さい頃の恥ずかしい話を彼女さんにしたいからに決まってるじゃん!」

と言い、僕は5秒前の尊敬を返せと心の中で叫ぶ。

「冗談よ。まあ、話してみたいってのは本当だから紹介はしてよね」

と、笑いながら「ほら、祐希。レジ行くよ」と、僕の背中を押す。

 無事会計を済ませ、僕の財布の中身は空っぽになる。そして、姉からキミへのプレゼントということで別売りのネックレスケースを買った。それに犬のモチーフのネックレスを入れてもらい、プレゼント用のラッピングをしてもらう。キミへの誕生日プレゼントの入ったケースの長さは15センチ――。

 僕は久しぶりに姉と並んで歩いて家に帰った。そして、キミが喜んでくれることを祈りながら、プレゼントを自分の部屋の机の引き出しに大事におさめた。

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