5th refrain

 翌日、僕とキミが相合傘で歩いているのを誰かに目撃されていたらしく、「あんたら、絶対に付き合ってるでしょ?」と朝からクラスの女子達から尋問じんもんに近い質問攻撃にさらされることになった。前の席に座るキミは相変わらず本を片手に「そんなことないよ」と笑っていて――。キミからは何も聞き出せないと思ったのか、質問の矛先ほこさきがキミの後ろに座る僕の方に向く。

「付き合ってないなら、なんで相合傘で歩いてたのよ?」

「あれは昨日の帰りに急に雨が降り出してさ、名畑が傘を貸してくれるって言ったのに、一本しか貸してくれなくて、仕方なくだよ」

 僕の答えを疑う女子からは疑念ぎねんに満ちた視線と野次やじが飛んでくるが、僕はそれが事実なんだと語気ごきを強める。そして、変に詮索せんさくされることが嫌で僕は眉間みけんしわを寄せる。

 朝のHRの開始を知らせるチャイムが鳴ると、僕とキミの席の周りに集まっていた女子達はきょうがそがれたかのように席に戻っていった。僕はため息を漏らし、鞄から教科書を取り出し、机に入れていく。前の席に座るキミが僕の方に振り向いて、何か言いたそうな顔をしていたが、タイミング悪く名畑が教室に入ってきて、結局何も言わず前に向き直った。


 その日からなぜか僕とキミの距離感は微妙で――キミにけられているからか、少し前みたいに話すこともなくなった。話しかけようにもタイミングが合わず、まともに話す機会すらなかった。僕はキミに嫌われてしまったかなと悩み、気落ちした日々を送ることになった。

 前の席のキミとの15センチがとても遠く感じた――。


 そして、キミに借りた通算3冊目の本を読み終わり、以前のように直接返せるような雰囲気ではないので、『本、面白かった。ありがとう』と書いた紙を本に挟んで、キミが席にいない隙を見計らって、机の中に入れた。

 次の日の朝、学校に登校し席に着くと、キミから久しぶりに話しかけられた。

「ねえ、また本……貸した方がいい?」

「もちろん。持田さんの貸してくれる本、全部面白かったし」

「……分かった。じゃあ、明日持ってくるね」

「うん、ありがとう」

 キミは終始俯き加減で目線を合わせようとはしてくれなかったが、僕は笑顔で答えた。しかし、今日の会話はこれだけ――物足りなさを感じつつも、またキミと話せたということは嬉しかった。


 翌日、キミは本を貸してくれると言っていたはずなのに、そんな気配は一向いっこうになかった。そして、そのまま放課後になり、帰り支度を始める。同じように帰り支度をしている前の席のキミが振り返り、

「はい……これ」

と、本を差し出してくる。それは少し分厚ぶあつく大きいハードカバーの本で――でも、いつものように犬のイラストのブックカバーをしていて――。

 僕は「ありがとう」と、お礼をいいながら受け取り、タイトルだけでも確認しようと本を開こうと手をかける。

 しかし、キミはそれを慌てて阻止そしして、

「えっと……家に帰ってからゆっくり読んで……」

と、いつになく真剣な顔でキミに言われる。僕はいきなりのことで驚き、「う、うん」と返事をし、貸してもらった本を大事に鞄に入れた。

 僕はキミに言われたとおり家に帰ってから本を読み始めた。しばらく読んでいると、本の真ん中あたりのページに何か挟まっていることに気付いた。僕はまたしおりかなと思いそのページを開くと、一通の封筒ふうとうが挟まっていた。

 それは、犬のイラストがワンポイントで入っているかわいらしい封筒で、宛名あてなは僕で裏にはキミの名前。その封筒の長さは15センチ――。

 僕は封筒を開け、封筒と同じ柄の便箋びんせんを取り出し読み始める。


『私は、キミの笑顔と何気ない優しさが好きです。いつからか私は、キミを見るたびにドキドキして、いつかキミも見た私の飼っている犬のように見えない尻尾を振っているのだと思います。よかったら私と付き合ってくれませんか? 返事はその本を読み終えるころにもらえたら嬉しいです』


 それはキミからのラブレターで――。それに対する僕の返事は決まっていた。

 一秒でも早く返事をしたい僕は夜更よふかしをして、その日のうちに本を読み終える。そして、返事を書いた紙を本に挟んだ。

 眠れない夜が明け、僕はいつもよりかなり早くに家を出て学校に向かった。誰もいない教室でキミの机に本を入れ、僕はほっとして今頃になっておそってくる睡魔すいまにゆっくりとまぶたを下ろし、朝練をする声や音、登校した生徒が増えさわがしくなっていく校舎――それらを遠くに感じながら、まどろみの中に意識を沈ませる。

 そして、ふと前の席に気配を感じて、僕は顔を上げ眠い目をこする。ぼんやりとした視界の中のキミは、僕から返された本に気付き、落ち着かない様子で本のページをめくっていた。

 それに気付き、僕の意識ははっきりとしたものになり、僕からの返事を読んだキミは思わず顔を手でおおう。僕はそんなキミを見ながら、そんなに恥ずかしい返事はしていないぞと心の中でつぶやく。

 僕の方に向き合うように座ったキミは薄っすらと涙を浮かべていて、それでも満面の笑顔で何度も首を縦に振った。僕は指でキミの温かな涙を優しくぬぐう。

「ねえ、持田さん。今日一緒に帰ろう?」

 僕の言葉にキミはもう一度強く頷いた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る