4th refrain

 ゴールデンウィークが明け、学校が始まるとキミと話すことが多くなった。朝も「おはよう」とキミから挨拶をしてくれるようになり、その変化が素直に嬉しかった。それだけでなく、以前ならキミは本を開いていた休憩時間も僕と話すことが多くなった。

 そんな僕とキミのおだやかな変化と、ゴールデンウィークに一緒に歩いていたという目撃情報が流れたことで、クラスの女子を中心に関係を問い詰められることとなった。しかし、キミは気にしてないようで――僕はキミに意識されてないのかなと、キミを意識しているからこそ、どこか寂しさを感じてしまう。

 そんなある日、委員会の用事で僕とキミは帰るのが遅くなった。帰り支度をし、玄関までやってくると、いつの間にか降り出していた雨が急に強さを増す。かさを持っていない僕達は屋根の下から雨空を見上げながら、「通り雨かな?」と話しながら雨が止むのをただ待つしかできなかった。

 しばらくすると、担任の名畑が通りかかり、

「おい、渡井に持田。どうしたんだ、お前ら?」

と、声を掛けてきた。僕達は名畑の方に向き直り、

「見ての通り、傘がなくて帰れないんですよ、先生」

と、僕が説明する。先生は頭をぼりぼりといて、

「それは災難だったな。車で送ってやりたいところだけど、俺は仕事まだ残ってるからなあ……傘ぐらいは貸してやれるけど、どうする?」

と、提案してくる。僕とキミは顔を見合わせてから、先生に「お願いします」と返事をする。

「わかった、わかった。車から傘持ってくるかちょっとそこで待ってろ」

 名畑はそう言うと、くつき替え職員用の傘を手に駐車場に向かい、傘を一本だけ持って戻ってきた。それを僕に渡し、

「ほれ、それでなんとかしろ」

とだけ言い残し、職員室の方に歩いていった。取り残された僕とキミはしばらく固まり、あたりには雨の音だけが響いていた。

「持田さん、どうする?」

「どうするって……なにが?」

 僕の言葉にキミは顔を赤らめてうつむく。

相合傘あいあいがさ……になっちゃうけどいい?」

と、僕がはっきりと口にすると、キミは小さくうなづいた。

 僕が傘を差すと、キミが緊張した面持おももちで傘に入ってくる。僕は自分がれても構わないがキミが濡れないようにと傘の中心をキミの方に寄せ、歩幅を合わせながら歩いた。会話がなく、傘に打ち付ける音だけが僕達を包み、気まずいのだけれども近くにキミが感じられて嬉しいような――そんな傘の中でキミとの肩の距離は15センチ――。

 その15センチがふとしたタイミングでくずれ、肩がれるたびにキミは顔をらす。僕はキミがどんな表情をしているのか分からないまま歩き、近くのコンビニに辿りつく。僕はこの状況を終わらせるのはしいけれども、雨宿りともう一本傘を買うために、「ちょっと寄っていこうか」と、コンビニを指差しながら提案するとキミは頷いた。

 コンビニの中に入ると、キミはあわてた様子で上着のポケットからハンカチを取り出し、雨に濡れた僕の肩に当てる。

「ごめんね、渡井くん。こんなに濡れちゃって……」

「いいよ。それより、持田さんは濡れてない? 大丈夫?」

 キミは制服や鞄を体を捻りながら確認して、「私は大丈夫。だけど……」と、僕の濡れた制服に目をやって俯いてしまった。

「持田さんが濡れなくてよかったよ」

 僕はキミに笑顔で伝える。そう言う僕の顔を見て、「ありがとう。私が濡れなかったのは渡井くんのおかげだよ」とキミはやっと表情を崩した。

 僕は傘を買い、二人並んで雨の帰り道を歩いた。離れた肩の代わりに並んで歩くキミと僕の傘の距離は15センチ――。

 僕とキミの肩の距離は離れたが、心の距離もちぢまったのか会話に花が咲く。キミの顔が晴れやかになっていくのに呼応こおうするように雨が弱まっていき、ついには雨も上がる。そして、雲間からまぶしすぎるほどの夕焼けが差し込み出し、気がつくと僕とキミを含む世界の全てが橙色だいだいいろに染まる。その光景に僕とキミは足を止め言葉を失い、ただ並んで夕焼けを見ていた。

 街中の建物の隙間すきまからのぞ丘陵きゅうりょうに太陽が沈み、世界に色が戻ると僕達はまた歩き出した。

「じゃあ、私こっちだから。今日はありがとう、渡井くん」

 そう言って笑顔で手を振りながら違う方向に歩き出したキミの背中を、僕は見えなくなるまで見守った。

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