2nd refrain

 入学式から一週間がち、通常授業が始まっていた。その一週間、後ろの席でキミを見続けて分かったことは、真面目まじめで物静かで誰かと積極的に関わろうとはしない女の子だということだった。

 キミは休憩きゅうけい時間などで手持ち無沙汰ぶさたになると本を開いていて、話しかけるすきが見当たらなかった。それでもクラスの中で浮いているということはなく、同じ小学校から進学してきた女子とはよく話していて、教室移動の際も一人でいるというわけではなかった。


 そんなある日。朝登校して席に着くと、いつものように先に来ていて姿勢よく椅子に座り本を読んでいたキミは、そっと本を閉じて机に置き、鞄から一冊の別の本を取り出す。

「えっと……この本、面白いからオススメだよ。渡井くんがどんなジャンル好きか分からないから、私の好きな本持ってきたんだけど……」

 キミは本を僕の方にゆっくりと差し出してくる。見覚えのある犬のシルエットのイラストの描かれたブックカバーをした文庫本の長さは15センチ――。

 僕はそれを受け取りながら、

「今、持田さんの読んでる本のブックカバーと同じがらだね。色違いだけど」

と、口にすると、

「えっ? あっ……ブックカバーいやならはずすよ? あっ、でも、本がもし汚れたら嫌だし……いや、その、渡井くんが汚いとか汚すとかじゃなくてね……あの、その……」

と、キミは目の前であせりだす。僕はその姿がなんだか可笑おかしくて笑い出す。突然僕が笑い出したことで戸惑い、疑問符ぎもんふだらけのキミに、

「このままでいいよ。このままがいいな。おそろいだしね」

と、笑顔で言う。キミは顔を真っ赤にする。肌が白くて綺麗な分、その変化は一目ひとめで分かる。

冗談じょうだんはやめてよ」

と、キミは言いながら細い指で耳に髪をかけなおす。その耳までも真っ赤に染まっていて――僕はキミのことをますますかわいらしいと感じて、さらに好きなった。


 その日の4時間目。理科の授業のために理科室に移動した。理科室での席の並びは教室と同じだが、机の形状の関係でキミとはとなり合うように座る。

 そして、キミは理科室の背もたれのない椅子にいつものように姿勢よく座り、短い時間にも関わらず授業が始まるまで持ってきていた本に目を落としていた。

 チャイムが鳴り、授業が始まると隣のキミがソワソワし始めた。キミの方を見ると、教科書とノート、先程さきほどまで読んでいた文庫本――僕は事情を察して、そっとお気に入りのシャープペンシルをキミの前に置く。

「あ、ありがとう」

 小声でキミがお礼を言ってくる。僕は別のシャープペンシルを筆箱から取り出し、

「いいよ。真ん中に筆箱置いておくから、消しゴムとか色ペンとか自由に使っていいから」

と、小声で返し、僕とキミの真ん中に筆箱を置いた。

「うん。本当にありがとう」

 キミはそう言いながら椅子を僕の方に寄せる。近づいたキミと隣り合う肩の距離は15センチ――。

 何事もないように真面目に授業を受けるキミの隣で僕は緊張きんちょうする。息遣いやノートに文字を書く音さえはっきりと聞こえてくるほど接近し、少し動けばひじが当たりそうな距離で――。僕は先生の話や説明が耳に入ってこなかった。席の関係上、黒板の方を見るとキミがどうしても視界に入る。

 ノートや教科書に目を落とす度にやわらかくれる長い髪、僕のお気に入りのシャープペンシルをにぎりノートに文字を走らせる細い指――その全てが特別で、その姿に見とれてしまい――授業中、僕の心はずっと上の空だった。

 授業が終わり、シャープペンシルを「ありがとう」と笑顔で返してくるキミに、僕は心を大きく揺さぶられ、受け取った姿勢のまま固まり、キミが理科室から出て行く姿をぼんやりと眺めていた。


 一足遅れで教室に戻ると昼休みということもあり、クラスはそこかしこで机を寄せて持ってきた弁当を広げていた。僕もクラスの友人に合流し、昼食を食べる。

 弁当を食べ終わり、自分の席に戻ると、キミに借りた本を取り出し何気なく開いた。読み進んでいると、本に何かはさまっているような違和感を感じ、その違和感の正体を辿たどるとブックカバーと同じくかわいらしい犬のイラストの描かれたしおりがするっと抜け落ちる。それを拾い机の上に置き、本の続きに目を走らせた。

 しばらくすると、昼食を食べ終わったキミが前の席に戻ってきた。

「ねえ、持田さん。貸してもらった本にしおりが挟まってたんだけど……」

と、僕はしおりを手にキミに声を掛ける。キミは僕と向き合うように座り、

「うん。よかったらそれも貸してあげるよ」

と、笑顔で言われる。それだけのことでも僕は嬉しかった。

「そういえば、持田さんって動物好きなの?」

「好きだよ。でも、なんで?」

 僕はしおりとブックカバーを順に指差す。

「ああ……なるほど。うん、私は動物好きだよ。それにウチ、犬飼ってるんだよ」

「いいなあ。俺は動物好きなんだけど、ペットは飼ったことないんだよなー」

「なんで?」

「まず住んでるマンションがペット禁止なんだよね。さらに母さんが猫アレルギーで、姉ちゃんは動物嫌いなんだよ」

 僕はわざとらしくため息をつきながらキミに話す。キミは小さく笑って、

「ははは、それは残念だね。それならいつかウチの子に会わせてあげたいな」

と、キミは目尻を下げていた。僕もキミに釣られてほほゆるませた。

 僕はキミの飼っている犬に会ってみたいと思いながら、今は一緒に笑えるこの時間を楽しむことにした――。

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