15センチメートル・リフレイン

たれねこ

1st refrain

 僕とキミとのことを思い返すといつも15センチに行き当たる。そして、その15センチが僕とキミの話をつむぎだす――。



 僕がキミと初めて出会ったのは中学校の入学式の日だった。

 玄関口に貼り出されたクラス分けの名簿めいぼで自分の名前を探し出し、教室に向かう。教室に入ると何人か知った顔があり軽く手を挨拶あいさつわした。そして、黒板にられた座席表で自分の席を探す。最初の席は出席番号順になっているようだった。先ほどのクラス分けの名簿もそうだが、こういうとき僕の名前の渡井わたらい祐希ゆうきは逆順に探せばいいので役に立つ。案の定、出席番号は25人中25番。おかげで、窓際最後尾という絶好のポジションを手に入れることができた。

 僕は自分の席に座り、筆記用具以外何も入っていない新品のかばんを机にかける。そして、すぐ前の席に座る――これから幾度いくどとなく見ることになる、キミの後姿を初めて見つめる。

 華奢きゃしゃ椅子いすをあまり引かずに姿勢しせいよく座るキミの椅子と僕の机の距離は15センチ――。

 キミは犬のシルエットのイラストが描かれたブックカバーをした文庫本に目を落としていた。時折、ページをめくったり、長い綺麗きれいな髪を耳にかけるために細い指を動かす。

 僕はその姿に目を奪われ、前の席の女の子はどんな女の子なのだろうかと興味を持った。できることなら仲良くなりたいと思ったが、席が近いという地の利をかそうにも出会ったばかりで何をどう話していいか分からなかった。


 次の日、LHRで委員決めがあった。学級委員長には立候補者がおらず、お通夜つやのような空気になりかけるも、担任の名畑なばたが上手く誘導ゆうどうし、リーダーシップのありそうな生徒をり上げていた。他の委員もすんなり決まっていき、図書委員の立候補者をつのる。それに恐る恐る手を挙げて立候補を表明する前の席の女の子。定員は二名で他に立候補者がおらず、

「先生ー! もう一人は俺がやりまーす。やりたいでーす」

と、誰かに取られる前に勢いよく手を挙げる。

「渡井……か。その素晴らしいやる気を学級委員長の時に見せてくれたら、先生はお前のことを出来るやつだと評価したんだがな」

と、名畑が小言を言い、クラスはどっとく。しかしながら、無事に前の席のキミ――持田もちだ彩加あやかと同じ委員になることができた。


 LHRが終わり、休憩時間に入るとキミは椅子を横にして、僕と正対せいたいするように座りなおした。初めて向き合うことになった僕達は――。

「えっと、渡井くん……だっけ? 同じ委員だし、何かあったときのために連絡取れたほうがいいし、アドレス交換しませんか?」

 キミは緊張した面持ちで制服のブレザーのポケットから携帯電話を取り出し提案してくる。それは、僕にとっては願ってもない提案で、

「もちろん! こっちからお願いしたいくらいだよ」

と、笑顔で返す。僕も制服のズボンのポケットから携帯電話を取り出し、赤外線通信を使いアドレスを交換する。その時の携帯電話同士の距離は15センチ――。

 アドレス交換を終え、ふとキミの方に視線を戻すと、後ろに見えるキミの机の中に昨日と同じブックカバーの文庫本が見えた。そして、図書委員で――、

「ねえ、持田さんって、本が好きなの?」

と、僕は気がつくとありがちな質問をしていた。キミは一瞬驚いたような顔を浮かべていたが、小さくうなづいて、

「うん。好きだよ。運動とか体動かしたりはあんまり得意じゃないから、小さい頃からずっと読書ばっかりでね――」

と、キミは話し出す。本を読むのが楽しいから始まり、面白い本を見つけた時の感動はすごいと語られ、しまいには、本のインクのにおいや図書館や図書室の独特な雰囲気が好きなんだと熱弁する。それはもう楽しそうに、目を輝かせて――。

 僕はそれを頬杖ほおづえをついて、相槌あいづちを打ちながら聞いた。10分の休憩時間はあっという間に過ぎて行き、さながらボクシングのラウンド終了を知らせるゴングのようにチャイムが鳴り響く。

 キミはチャイムの音に固まり、熱くなっていたことに気付き顔を赤らめる。

「なんか私のことばっかりでごめんね。話……つまらなかったよね?」

と、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「ううん。持田さんの話、聞いてるの楽しかったから気にしなくていいよ。よかったら今度、持田さんのオススメの本教えてよ?」

 僕のその言葉に、キミは初めて僕に笑顔を向け、「うんっ!」と頷いた。


 僕はキミのその笑顔に一瞬で恋に落ちた――。

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