第14話異世界生活スタート9

「どういう事なのよ!」


「落ち着きなさいミーシャ。他のお客さんに聞こえるわ」


 俺と魔術研究院の面々は今、本日の仕事を終えてシャングスに来ていた。結果から言うと、今日の勇者召還は成功した。その成功は、俺という存在を知る面々からすると信じられない結果だった。


「なぜ成功したのでしょう。この世界にはもう既にユウト君がいるというのに、なぜ勇者召還が成功したんでしょう……」


「この世界に呼べる勇者は一人だけじゃなかったの?」


「そのはずなんですが……」


 ユーカスさん、リウ、そしてマルノスさんもそれぞれ考え込んでいる。

 今日召還された勇者は、国王とデュオニスと共に王宮に行き、俺たちはレイティンさんたちの指示で、現在待機となっている。勇者が二人存在するという異例の事態に、王宮のお偉いさんたちも大変なようだ。

 そして、召還が終わってからずっと何かを考え込んでいる人物が一人いる。クリミリアだ、食事もとらずに、さっきから本を読み漁り、ぶつぶつ何かをつぶやいている。


「ミリア、なんでも良いけどご飯は食べなさい。あんたお昼から何も食べて無いでしょ?」


「いえ、大丈夫です。お構いなく」


 ミーシャさんが料理を進めているのにも関わらず、クリミリアは本から顔を離そうとしない。


「ミリア……気にするのはわかるけど、今は何か食べなさいよ」


「いえ、そういう訳にはいきません。この事態に、少なからず私は関係していますから」


 最初の召喚で俺を召還したのは、何を隠そうクリミリアだ。なにか召還の際に失敗があったのかと帰って来てから、ずっとこんな感じで調べ物をしている。


「なんでも良いけどさ、あの二人目の勇者って本物なのかな?」


「それはどういう意味です?」


「ユウトみたいに、普通の人だったら俺たちが今までやって事が、勇者召還じゃなくて、異世界から無差別に人間を連れてきてる事になるじゃん。それって、勇者召還の魔法とは全く別物なんじゃないかと思ってさ」


「確かにそうだね。そうだとすると、伝承に間違いが生じている可能性が高いね」


「それだとどうなるんです?」


 関係ない話ではないので、俺も会話の中に混ざっていく。それに自分自身も気になっている事だ。一応一人目の勇者なのだから。


「この世界に二度と勇者を召還出来ないかもしれないってことだよ」


「え! なんでですか?」


「伝承が間違っていた。それは私たちが基準にやってきた方法が通用しないという事。伝承の間違いを探し出すなんて何百年単位で検証を重ねていかないとわからない事。そんな事をしている間に、世界は滅んでしまうわよ」


 ミーシャさんはため息を吐きながら、俺に教えてくれた。つまり、魔法の間違いを探すのは相当な時間と労力がかかってしまい。未知の脅威に対して勇者の力をすぐにでも必要としているこの世界にとっては、二度と勇者の召喚方法は使えないと思った方が早いという事だ。


「まぁ、どっちにしろあの銀髪に合わないとそれはわからないわ」


「明日王宮に言ってみますか」


「そうね、色々と気になるし。今日はもうお開きにして明日話しましょう」


 レベッカがそういうと今日はお開きとなり、みんなそれぞれ帰宅していった。俺はいまだに本の虫と化しているクリミリアを待って一緒に帰る事にした。


「あら? 今日は早いのね」


「リティー、今仕事終わり?」


「そうよ、ミリアは…邪魔しないほうがよさそうね…」


 みんなが帰った後、店の奥からリティーが普段着に着替えて出てきた。リティーは今日の一件も俺が召還された勇者である事も知らない。気を付けて話をしなければならない。


「ねぇ、なんでそんな悲しそうな顔してんの?」


「え? 何言ってんだよ。別にそんな…」


「いや、何となくなんだけど。最初に会った日と今日の顔が違うと思って」


「…………」


 何も言えなかった。今日の勇者召還で、あの青年が召還された。俺は間違えて召還された俺には何もなかった、強いわけでも無く、頭が良いわけでも無い。もしもあの青年が本当の勇者で何か特別な力を持っていたらどうだろう。俺は完全にお荷物だ、俺はこの世界で見つけた居場所も無くしてしまうかもしれない。それが怖かったのだ。


「ちょっと疲れてるだけだよ。大丈夫だよ」


「それなら良いけど。まだこの国に来たばっかりで大変だと思うけど頑張ってね」


「あぁ、ありがとう」


 リティーとクリミリアを待つ間、雑談をして過ごした。今日はこんなお客さんが来ただの親父がいつも口うるさいだの、他愛もない話だったがあの青年の事を忘れる事が出来て、気を紛らわす事は出来た。


「クリミリア、もう遅いし帰ろう」


「え? あ! すいません、お待たせしてしまって」


 時刻が夜の11時を過ぎたころ、俺とクリミリアは自宅に帰るため、帰路についた。


「クリミリア」


「はい、なんですか?」


「もし、あの銀髪の人が勇者だったら、この世界は救われるのかな?」


 俺はクリミリアに、自分でも良くわからない事を尋ねた。そんな意味の分からない事を聞きたかったのではない、本当は「あいつが勇者だったら、もう俺はいらないのかな?」そう聞きたかったのだ。


「おそらく、あの人が勇者であれば、なにか特殊な力を持っているはずです。その力を使ってこの世界を救ってくれるのであれば、世界は救われると私は思います」


「そっか、あいつが勇者だと良いな!」


「え?」


「だって、そうすればこの国は救われるかもしれないんだろ? 俺みたいなわけわかんない奴が召還されて、一時はどうなるかと思ったけど、本来の目的は達成できるじゃないか!」


「ユウトさん?」


 これは俺の強がりだ。本当は俺も何かこの世界の役に立ちたかった。守られるだけの、ただお世話されるだけの、何も出来ない自分に腹が立って仕方がなかった。


「確か、本物の勇者が現れたらクリミリア達はそのサポートに回るんだろ?」


「はい、私たちも最前線に赴きます」


 この話は今日の帰りにリウから聞いたのだ。勇者の召喚と補佐をするという役目を魔術研究院のメンバーは担っていると、俺も一応勇者なので今は魔術研究院のメンバーがサポートしてくれているが、本物の勇者が現れた場合はそちらのサポートに回らなければならないらしい。


「じゃあ、あいつが本物だったら、もうお別れだな」


 もしも、本当にあの青年が勇者で、ものすごい力を持っているとしたら、国王は当初の目的通り、この国の為に敵と戦うだろう。そうすれば、俺の事を気にしている暇はないだろう。きっと元の世界に戻る方法は誰か別の人と探すことになるだろう。みんな忙しくなるだろうし。


「なんで……ですか?」


「え?」


 振り向き、クリミリアの様子をみると、クリミリアは本から目を話し悲しげな眼で、俺の方を見ていた。


「いや、あの人が本当の勇者だったら、クリミリア達は忙しくなるだろうし、俺にかまってる暇なんてないだろ?」


 あくまでも平静を装い、普段通りにクリミリアに俺は言った。クリミリアに変な気を使わせたくなかったからだ。俺は一人でも大丈夫、俺なんかよりも自分の世界の心配をしてほしかったからだ。


「いえ! 私は最後まで!」


「大丈夫だよ。もうクリミリア達に迷惑はかけられないよ」


「迷惑だなんて……迷惑をかけたのは私達で……」


 言葉に詰まるクリミリア。きっとなんて言って良いのか分からないのだろう。あれだけの事を言った手前「新しく勇者が来たからお前はいらない」なんて言えないのだろう。なぜ言えないかは俺が良く知っている。この子は、すごく優しい子なんだ……。

 だから、俺が言わなきゃいけないんだ。


「元々は、この世界を救うために俺を召還したんでしょ? だったら、偽物の俺なんかに構ってないで、この世界の為に頑張らないと」


「そ......それは」


「出会って数日しかたってない一人の男の事より、君の守りたい世界を守った方がいいと思うよ」


 少し俺は冷たくクリミリアに言い放った。それ以降、家に帰るまでクリミリアとの会話は無かった。

 そして次の日、召還の儀式に呼ばれた。内容はおそらく、昨日の召喚で召喚されたあの勇者の事だろう。俺とクリミリアは王宮に向かった。しかし、クリミリアとは入り口で別れた。なんでも部屋から取って来るものがあるらしい。一人取り残された俺は、一人で王宮の広間に居た。広間には既にデュオニス達が居た。なんだかデュオニスはご機嫌なようで、昨日よりも笑顔が多い。


「これはこれは、昨日は挨拶が出来なくて申し訳ありませんでした」


「えっと、デュオニスさん? で良いのかな?」


 デュオニスと目が合い、デュオニスが俺の方にやってきた。昨日後ろについていたルーガスさんはいない、代わりに昨日のフード姿の嫌な雰囲気の魔導士が一人後ろについていた。


「貴方は異国からの国賓と伺っております。この国には何をしに?」


「えっと、少々仕事がありまして......」


「ほう、大変ですな。昨日は失礼いたしました」


「え? 俺なんかしましたか?」


「私の家の者が、手を上げようとしたとか、大変な失礼をいたしました」


 頭を下げるデュオニス。なぜだろう、謝罪されているはずなのに、どこかバカにされているような感じがする。


「しかし、奴隷を気遣うなど変わった趣味をお持ちのようで」


 確実にバカにしている。絶対そうだ、このなめ腐ったような目つきに、口元が少し歪んでいる。


「奴隷を目にした事が無かったので」


「ほう、貴方の故郷はどこの辺境なのでしょうか? 奴隷は便利ですぞ。買ってしまえば何でもさせられる道具です。まぁ、たまに不良品もありますが」


イライラした。人を人と思っていない性格。そしてこの初対面でも自分よりも格下のものを舐め切っているこの態度。


「いえ、自分の国ではそのような文化は外道のやる事ですので」


「ほぉ......」


 デュオニスに対抗するように、俺は冷たく言い放った。流れる沈黙が長く感じた。その沈黙を断ち切ったのは、あとから来た魔術研究院のみんなだった。


「おいおい、ユウトなにやってんだよ。さっさといくぞ」


「リウ、いたのか?」


「いたよ、さっきからな。というわけで、デュオニス様、失礼します」


 後ろから俺の方に手をまわしてくるリウ。そのまま俺を強引に別な場所に強引に連れて行く。


「なんだよ、いきなり」


「もう、デュオニスにちょっかい出すのはやめとけ」


「別にちょっかいなんて......」


「出してたよ。まったく、あいつにはもう関わらないほうが良い」


「でも、あいつが……」


「デュオニスは今、この国では勇者召還に成功した魔導士として、お偉いさんたちの信頼を集めてる。敵に回したら厄介だ」


 リウの言うことは最もだ、自分からわざわざ敵を増やす事は、元の世界に戻るための情報を得る妨げになりかねない。デュオニスのやっている事は、人として最低だが、この世界では違法ではない。俺はリウに言われるままにその場を離れ、魔術研究院のメンバー達と共に国王の部屋に向かった。


「はぁ~、やんなっちゃうわよ。デュオニスにはデカイ顔されちゃうし、お偉いさんたちは勇者が召還されたってだけで、もうこの世界は救われた~、なんて言ってるし」


「ミーシャ。王宮でそういう事を言うとまずいよ」


「でもね、ユーカス。あたしはあんな奴に媚びへつらうなんて絶対に嫌よ」


「別に媚びを売れとは言ってないよ。でも、確実に上司にはなりそうだね」


「それが嫌なのよ! あんな顔だけの男! 生理的に絶対無理!」


 文句を言いながら、俺たちは国王の部屋に向かう。会話を聞く限り、やはりみんなデュオニスの事をあまり良く思っていないらしい。みんなどこか嫌そうな顔をしながら部屋に向かっていた。


「そういえばユウトさん、これをお渡ししようと思っていたのを忘れていました」


「なんですか? この本?」


 国王の部屋に向かう途中、マルノスさんに呼び止められ、古びた本を渡された。かなり古いものの様で、所々に汚れがある。


「これは私の知り合いが持っていた勇者の召喚とその記録を記した文書です。もしかしたら手がかりがつかめるかもしれません」


「あ、すいません。ありがとうございます」


「いえ、役立つかはわかりませんが」


 俺は渡された本をペラペラとめくり中をざっと見る。そこで俺はふと疑問に思った。なぜ、俺はこの世界の文字を読むことが出来るんだ?

 今まで良く考えずに、この文字を読んでいたが、こんな文字は明らかに日本語では無い、今まで見た事の無い文字だ。なのになぜ俺はこの文字が読めるんだ?


「ユウトさん?」


「はい? あ、すいません。考え事をしていて」


「いえ、大丈夫です。早くいかないと置いて行かれてしまいますよ?」


「そうですね……」


 考えて見れば、最近はこの人達の誰かと必ず一緒にいる。随分この人達のテンションにも慣れてきた。でも、あの青年が勇者と認められた場合、この人達は最前線に行くことになる。


「せっかく仲良くなったのになぁ…」


 俺はみんなに聞こえないような小さな声でそうつぶやくと、みんなの元に合流した。

 そうだ、ここは元々俺の世界ではない、俺は言ってしまえばよそ者。最近知り合っただけの関係。

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