第2話 事実

 ジリジリト照り付ける太陽を仰ぎ見ながら、俺は夏休み前の最後の登校をしていた。フライパンのように熱くなったアスファルトの道路を歩いて学校に向かう。暑さで脳みそが溶けるんじゃないかと思いながら、一歩一歩と歩みを進める。


「熱すぎんだよな~、この国はよ~」


 独り言をつぶやきながら、歩みを進めようやく学校にたどりついた。直射日光を防げるだけでもこの学校は天国かもしれない。


「おはよー」


「おう、おはよ」


 クラスに到着し、クラスメイトに挨拶を交わしながら、自分の席に着席する。俺はあまりの暑さに机に突っ伏し、目を閉じる。

 いつも通りの朝に退屈感を覚えながら、俺は教室を見渡す。いつも通りの日常がそこにはあって、平和そのものだった。友人は多くも少なくもないし、特別勉強が出来るわけでも無い、ただ毎日を楽しく過ごしている普通の高校生だと自分では思っていた。


「お~い、お前らさっさと体育館行けよー。終業式始まっちまうぞ~」


 クラスの担任が教室のドアを開けて言う。俺はクラス仲の良い男友達と共に体育館に向かう。

 終業式は校長の話や夏休みの過ごし方といった、ありきたりなもので、途中で何度も眠りそうになってしまった。無事に終業式も終わって、夏休み前最後のホームルームをしていた。


「そんなわけで、夏休みだからって問題行動なんて起こして先生を困らせるなよ~。じゃあ解散!!」


 先生の解散の一言で、本日の全日程が終了し、明日から楽しい夏休みの始まりだ。俺にも夏休みの予定は何個かある、男友達と海に言ったり、男友達と祭りに言ったり、男友達と花火を見に行ったりと.......。なぜか悲しくなってくる。

 俺は放課後の予定もなかったので、友人たちと共にゲームセンターに向かった。


「明日から夏休みだってのに、なんで野郎どもとゲーセンなんかに居なくちゃいけないんだか....」


 ゲームセンターの外のベンチで座りながら、アイスをかじっていた友人の一人がぼそっとつぶやく。こいつの言う通りだが、このメンツで彼女持ちなんているわけがない。全員帰宅部だし、別に特別イケメンがいるわけでも無い。


「悲しい青春だよな~」


「現実なんてこんなもんだろ?」


「誰か女の子紹介しろよ~」


 男四人でバカな話をしているな~と思いながら、俺達は肩を落とす。紹介出来る女友達なんていたら、もう既にそいつと付き合ってるよ。


「そういえば勇徒って、妹いたよな!」


 友人の一人が、俺こと渡世勇徒(ワタセ ユウト)の名前を呼ぶ。

 妹は確かにいる、しかし妹なんてアニメや漫画の世界でならばいざ知らず、現実は全く可愛くない、生意気だし常に俺の事を見下している。


「いるけど、あんな可愛げのない奴なんてやめとけ、生意気だしイケメンにしか興味のない面食いだからよ」


「でも、お前の妹って読者モデルとかやってんだろ?今度紹介してくれよ~」


 友人の一人がジリジリと詰め寄りながら、俺に頼んでくる。紹介しても良いのだが、こいつなら絶対にぼろくそに言われて終わる。


「気持ちわりぃな。離れろ!」


「あ~、どうかご慈悲をお兄様~」


「誰がお兄様じゃ!」


「ぎゃ!」


 俺は迫ってくる友人を引きはがし、そのままベンチから落とす。こいつの兄には絶対になりたくないものだ。


「はぁ~、どっかに可愛い女の子いねーかな~。エルフ耳の子なんか俺のツボなんだけどなぁ~」


「そんな女居るわけないだろ?アニメの見すぎだ」


「じゃあ、異世界とかに転生して、獣耳の美少女やエルフのお姉さまなんかに囲まれた生活がしたい!」


「頭大丈夫か?お前....」


 冷たい視線を友人に向けながら、俺は冷たく言い放つ。そんなアニメや漫画のような出来事が起こる訳がない。


「なんだよ!夢くらい持ったっていいだろうが!」


「はいはい、妄想も体外にしろよー」


 みんなでバカな話をしながら、時間は流れた。どうせ明日からも夏休みなのだからと、今日のところはお開きとなり、それぞれの家に帰宅していった。俺も自宅に帰宅し、明日から始まる夏休みに胸を躍らせていた。


「ただいま~」


「げ!帰ってきた」


「兄に対してげっ!ってなんだ!」


 玄関のドアを開けると、ちょうど妹の渡世未来(ワタセ ミライ)と出くわしてしまった。最近はモデルの仕事で、自分で金を稼ぎ始めた事もあって、俺の事を見下している、どうしようもない妹だ。


「別に帰って来なくても良いんだよ?居たらなんか病気貰いそうだし」


「俺はなんだ!病原体か!兄貴に向かってもう少し敬意を払え!」


「敬意って意味知ってるの?敬う意思って書くんだよ。そんな意思あたしにはこれっぽっちも無いわよ」


 俺の事をあざ笑いながら、未来は不敵な笑みを浮かべている。昔は可愛かったのに、今じゃあただの生意気な俺の天敵だ。俺はこれ以上未来に絡んでも仕方がないと思い。未来を無視して二階にある自室に向かった。二階に上がる途中で未来が何か言った気がしたが、聞こえなかったので、無視した。


「まったく!あいつは何なんだ!」


 カバンを床に置き、そのままベットに倒れ込んで、未来に対する不満を口にする。未来とは目を合わせればケンカばかりだ、だから俺はなるべく未来とは顔を合わせないようにしている。飯の時だって、わざわざ時間をずらしている。


「いつからあんな生意気になったんだか」


 天井を見上げながらぽつりとつぶやく。まぁ良い、明日からは待ちに待った夏休み!あいつと会いさえしなければ一日中自由だ。バイトもしたいし遠出もしたい。やりたかった事がたくさんできる。


「そういえば、海に行くのは明後日からだな、早めに準備しとくか」


 海は早めに行かなければ、人が多くて混んでしまいそうだからと、夏休みが始まったらすぐに行こうと友人たちと計画していたのだ。

 海には二泊三日するし、着替えなんかの準備を早めにしといた方が良いだろうと、俺は旅行の準備を始めた。大きめのボストンバックの中に、着替えや旅先で必要になるであろう日用品を入れていく。


「まぁ、こんなもんかな?結構大荷物になっちまったな~」


 用意したボストンバックの中身は洋服や下着を入れただけで、かなりパンパンになってしまった。チャックも一応閉めはしたものの、今にも開いてしまいそうなくらいぎっちぎちだった。これじゃあ、マズイと思った俺は他に何か良いバックは無かったかと部屋のクローゼットを探し始めた。しかし、よくよく考えて見れば、俺はそこまでカバンやバックを持っているわけでは無い事に気づき、探すのを辞めて新しいのを買う事にした。


「まぁ、今年の秋には修学旅行もあるし、必要なもんだから母さんも金出してくれるかもな...」


 部屋で一人事を言いながら、自分の財布の中身も一応確認する。旅行に行く経費なんかをゴールデンウイーク中のバイトなんかで貯めておいたので、金欠というわけでも無いのだが、旅先でも金はあるに越したことはない。出来るだけ出費は抑えたかった俺は、手ごろで良いのは無いかとスマホで調べ始めた。

 なかなか良いのが無く、頭を悩ましていると下の階から晩飯の用意が出来たと母親の声が響いてきた。俺はスマホをベットに置き、一階のリビングに向かった。

 リビングに着くと、いつもと違うことが一つあった。未来がリビングに居たのだ、いつもなら母さんたちも気を使って俺たちの食事の時間をずらしてくれていたはずなのに、今日に限っては、なぜか家族四人が食卓に集結していた。


「なに、アホ丸出しの顔をして立ってんのよ。さっさと座れば」


「な!誰がアホだ!」


 リビングの入り口で立ち尽くしていた俺に、未来はいつも通りの罵声を浴びせてきた。そんな妹に反論しつつ、俺はいつも座っている席に座る。いつも座っている席は、未来が座っている席の隣だった。未来はずっとスマホをいじっており、俺とは反対の方向を向いて食事が来るのを待っていた。親父はなぜか、いつもでは考えられないほど真剣な顔で俺たちを見ていた。


「な、なんだよ、親父。どうかしたのか?」


 俺はその視線に耐えきれづ親父に聞いた。親父はいつもは酒を飲みながら、だらしのない笑顔で晩飯を美味いと言って食べていて、こんなに真剣な顔で、しかも酒を飲まずに食卓に居たのは初めてだった。


「あぁ、母さんも座りなさい。そろそろ話そうとおもう」


「あら、もう話すの?」


「早い方がいいからな...」


 親父も母も今日はいつもより真剣というか、表情が暗いというか、なぜかいつもと違った。いつもなら、親父に飲みすぎだと母が良い、酔っぱらった親父が母をおだてて酒をもらおうとするのが日常だったのだが、そんな日常が今日は無かった。


「なんだよ、親父も母さんも改まって、気持ち悪りいなぁ...」


 母が親父に言われた通りに、椅子に座る。食卓には既に暖かい料理が並んでいるのだが、誰一人として、その料理に手を付けようとしなかった。


「もう、未来は知っている事なんだが、勇徒。お前の事なんだ」


「え!お父さん!そのことはまだ言わないんじゃなかったの!?」


 反応したのは未来だった。なぜかすごい勢いで親父に突っかかっていった。未来が知っていて俺が知らない事に疑問を抱きつつも、俺は親父の話を静かに聞いていた。


「未来、ちょっとすまないが静かにしていてくれないか。いつかは知ることになるんだ」


「でも!」


 なぜだか未来は泣きそうだった。親父も真剣で、母も複雑そうな顔だった。なぜだか俺だけが家族から嫌煙されているようで、イライラした。


「なんだよ、早く教えてくれよ」


 笑顔を浮かべはしていたが、内心は早く知りたくて焦っていた。家族の中で俺だけが知らない事実を。


「勇徒。お前は、私たちの子供ではない、父さんと母さんの友人の子なんだ」


「え...」


 突然頭の中が真っ白になるのを感じた。必死に母が何かを言っている言葉も妹が父になぜ突っかかってい居るのかも、どうでもよくなってしまった。

 俺がこの家の子供ではない、じゃあ未来はどうなる。本当の妹ではない。ただの他人、しかも未来は以前から知っていて、俺に対する態度が冷たくなった。あまり考えたくはなかったが、何となくわかってきてしまった。


「なんだよ、それ...。じゃあなんだよ、俺はこの家族の中で唯一血がつながってない他人って事かよ!」


 悔しくて、寂しくて、声が大きくなってしまう。今まで俺が帰って来ていた場所は、俺の居場所ではなかったことが、どうしようもなく寂しかった。


「違う!おまえは...」


「もう聞きたくねーよ!」


 俺は未来の方に視線を向けた。言いたくもない言葉が、なぜか今日はあふれ出してくる。


「未来、お前は知ってたんだろ。どうせ俺の事バカにしてたんだろ!家族でもなく、ただ家にいて金を使うだけの寄生虫みたいな俺を!」


 そんな事を言いたいわけじゃない、未来を攻めているわけじゃない。なのに、こんな言葉が口から出てきてしまう。要するに八つ当たりをしていただけだと、俺は気が付いた。


「ちがう!そんな事私は!」


「聞きたくねーよ!もう、俺をみじめにしないでくれ...」


「......」


 俺の言葉に、未来は黙った。食卓は静まりかえっていた。俺は立ち上がり、リビングを後にしようとした。すると母が俺を止めた。


「勇徒、待って!ちゃんと話を...」


「これ以上、俺はここに居たくない...」


 母の言葉を聞かず、俺はリビングを後にし自分の部屋へ駆けあがっていった。


「くそ!」


 壁を思いっきり殴った。どこかにこの行き場のない怒りをぶつけなければ、どうにかなってしまいそうで、俺は壁に八つ当たりをしていた。

 目からは気づかないうちに涙があふれていた。暗い自室で俺は一人泣いていた。


「俺は...俺は!」


 自分が何なのか、誰の子なのかわからなくなってしまった。頭が混乱して、いつもの暖かい居場所は、自分の一番居づらい場所になってしまった。

 気が付くと。俺は旅行に行くために準備していたボストンバックとスマホを持ち、着替えて家を飛び出していた。

 真っ暗になった道を俺は無我夢中で走っていた。どこに行くでもなく、ただ走って遠くに行きたかった。


「はぁ...はぁ...」


 少し走ったところで俺は息が上がってしまい、膝に手をついて呼吸を整えた。どれくらいの時間がたったのか、どれくらい遠くまで来たのか、そんな事はどうでもよかった。ただ、あの家から、さっきまで血のつながった家族だと思っていた人たちから、離れたかっただけだった。

 周りは住宅街から少し離れたところにある、少し大きな公園だった。走りつかれ、講演のベンチに座ってこれからの事を考え始めた。


「家には....」


 戻りたくなかった。戻ってしまったら、また聞きたくもない話を聞くことになってしまう。現実というものを突き付けられてしまう。友達の家もだめだろう、家に連絡が言ってしまう。


「どうするかな...」


 バックを枕にしてベンチに横になった。目を閉じると、今までの家族との記憶がよみがえってくる。親父はいつも母に怒られていて、優しかった。母は勉強しろってうるさかったけど、料理は上手いしいつも朝起こしてくれた。未来は__。


「あいつは、俺の事嫌いなんだろうな...」


 昔はよく一緒に遊んだ。この公園にもよく一緒に来て遊んでいた、日が暮れるまで遊んで帰って来てよく母さんに叱られて、そんな母さんを親父がなだめていた。

 あの日々が懐かしかった。


「もう、俺はあの家に帰れないんだろうな...」


 きっと親父が今日この話をしたのは、俺の本当の親が見つかったとかそんな理由だろうと、俺は思っていた。

 本当の親の元で暮らす事を親父たちは望んでいるのかもしれない、あの両親の事だから、そのほうが俺の為になると思って言ってくれたんだろう。でも、俺は今更になって出てきた親なんかのところにはいきたくない。俺の家族は、俺の居場所は、あの家以外に考えられなかったからだ。


「あぁ、どうすっかな...」


 夜空を見上げて考えるが、まったくこれからの事が思い浮かばない、とりあえず今日はこの公園で朝を迎えよう、なんて考えていた時だった。


「え!な、なんだ!」


 ベンチの下、俺が寝ていたところを中心にしたから激しい光が俺を包んだ。俺は何が何だかわからず飛び起きて、周囲を見渡す。どうやら光は俺を中心に円形に光っており、何か文字のようなものも書かれている。


「ちょっとこれ...やばいんじゃ...」


 身の危険を感じて、光の中から出ようとするが、足が動かなかった。足の裏と地面が一体化したように足が動かない、俺は必至で足を動かそうと試みるが動かない。


「おい!まて!これ絶対やばいだろ!!」


 次第に光は強くなっていき、光は柱のようになって天まで届いた。それと同時に、俺は体が浮く感覚を覚えた。足元を見ると地面と足が離れて浮いている。周りをよく見ると、円の中にあったものすべてが宙に浮き、空まで登っていた。


「えぇぇぇぇぇ!!ちょ!まて!落ちたらこれ死ぬぞ!!」


 一人必死に叫ぶ、しかし誰も答えてくれるわけもなく、体は空にどんどん上っていく。なぜだか、こんな状況なのにも関わらず、眠気も襲ってきた。やがて俺は眠気に負け、宙に浮いたまま眠ってしまった。


 これは夢だろうか、今までの出来事が、目の前でフラッシュバックしていた。まだ未来と仲が良かった幼い頃、小学校の運動会、中学の入学式、今までの出来事が俺の目の前に流れていた。

 やがてフラッシュバックは終わり、真っ白な空間に俺は浮いていた。ここはどこだろう、現実離れした空間なのに、なぜだか不思議と安心感があった。


「聞こえますか、勇徒」


 誰かが話しかけてきた。優しい、女性の声だった。


「誰なんだ、ここは一体」


「あなたは今から行かなければいけない世界があります」


「世界?」


 意味が分からなかった。普通なら取り乱して悪態の一つも声の主につくところなのだろうが、俺の心は今までにないくらいに穏やかだった。


「そうです、そこであなたは知らなければなりません。自分の事を」


 声はどんどん遠くなっていく、声の主がどこか遠くに行ってしまう。そう思って俺は質問を繰り返した。


「まってくれ!なんなんだここは!自分の事を知るって何なんだ!」


「ごめんなさい、私の役目はこれで終わり。お別れです」


「待ってくれ!誰なんだ!あんたは!」


 どんどん声は遠くなり、もうかすかにしか聞こえない。俺はまたしても眠気に襲われ、眠りの中に落ちて行った。


「ごめんなさい、今の私にはこんな事しかできないの」

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