マサラ今さら(短編)

「第一回インド映画のダンスをどのように表現するのか(第二回は未定)」参加用






 見られている。視線に気がついたのは一瞬。それでも確信があった。間違いなく見られている。でも、誰に。


 女性は優雅に立ち上がった。身体を覆う衣装をまとっていても、スラリと伸びた手足と艶やかな曲線を描く身体トルソは隠しようもない。


 一歩、また一歩とドーリア風の装飾の施されたデコラティーフな柱に向かって進んでいく。恐れてはいない。


 宮殿パラスは花の香に満たされて。


 彼女の心は新たな出会いの期待に満たされて。


「そこにいるのは誰」


 心臓のときめきハートビートが彼女の声を揺らす。


「そこにいるのは誰」


 裸足のままベアフット触れる大理石の床の冷たさ。


「そこにいるのは誰」


 いっそ駆け出してしまおうか。


 もう待ちきれない。


 早く私を捕まえて。


 早鐘を打つ心臓に合わせて胸が波打ち、前後に身体が揺れ動く。指を大きく開いた両手で高鳴る思いを押さえ込む。反り返る上半身は誰かに受け止めて貰わなければ倒れてしまうほどに……。


「ずっとキミを見てたんだ」


 たくましい腕に抱かれていた。


 夢か現か幻か。


「夢を見てるのかしら」


「それはボクのほうさ」


 彼が彼女を引き寄せる。


 彼女が彼を押し戻す。


 軽やかに回るように彼女は彼の腕から逃れ出る。


「ダメよ、夢なら覚めてしまうわ」


 振り向いた彼女が目と指で招いた。


「いいや、夢でも覚めないで」


 希うこいねがう彼氏が手を伸ばし訴えた。


 指と指とが絡まりあって、彼女は再び腕の中。


「もう離さない」


「まだあなたのこと何も知らない」


「これから知ればいいさ」


「なんて強引なヒト」


 水の中の魚を捕まえるのは難しい。彼女はそれをよく知っている。


 再び彼の腕から逃れた彼女を、彼の侍従たちが待ち構えていた。


マハラジャから逃れることはできませぬ」


王様マハラジャですって、まあ」


 庭から消えた彼女を探していた侍女たちが驚きの声を上げた。


「ああ、彼こそは我らのマハラジャ


 誇らしげに男たちはこぶしで分厚い胸を叩き、一歩前へと足を踏み出す。


「ええ? あの方はどこの王様マハラジャ


 不安げに女たちは両手を胸の前で握り、一箇所へ固まるように集まる。


「大丈夫」


 彼女が女たちに言った。


「手を出すな」


 彼が男たちに言った。


「でも」「そうはおっしゃっても」「そうです心配です」


 回りを囲んだ女たちを引き連れて彼女は軽い足取りで進んでいく。


「でも」「そうはおっしゃっても」「そうです心配です」


 回りを囲んだ男たちを押しのけ彼はひとりで前へ進む。


「ああ、我らのマハラジャ


「ああ、私たちの姫君マハーラージクマーリー


「貴方の心は釘付け」


 回る彼女を誰も止められぬ。


「僕の心は釘付け」


 はやる心を彼は止められぬ。


「なんてこった、どうなってんだ」


「なんてことなの、どうなってるの」


 刻む足取りビートも軽やかに。


 送る視線ビームは艶やかに。


「あら、まったく私達の姫様は」


「おい、まったく我々の王様は」


「もう私の心はあなたに掴まれ……」


「た、た、たた、大変よ。私達の姫様が」


「もう僕の心はキミに掴まれ……」


「た、た、たた、大変だ。我々の王様が」


「あなたのときめきを感じるの」


「キミのときめきを感じるよ」


「「誰よりも熱く」」


「姫様」「王様」


「止まらないふたり」


「誰も止められないさ」


「どこへ行くの」


「どこへだって行けるさ」


「あなたと一緒なら」


「キミと一緒なら」


 ただ情熱だけが、ふたりを包み込む。


「おふたりに祝福を」


 侍女たちは両手を広げた。


「おふたりに祝福を」


 侍従たちが腕を組み、胸を張った。


 ふたりだけの世界は、不思議な熱を持ち、わずかに光を放っているのであった。


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