旅に出るまで(現代ドラマ短編)

 ふたりでの旅は初めてだってキミは言う。そうだったっけとボクはうそぶく。誰かと行ったのと言われて慌てるボクをキミは笑う。ねえ、それより、この靴下、どっちがいいと思う。どっちでもいいと、ボクは答える。そんなに長い旅じゃない。そんなの知ってる。ぷぅっとふくれてみせる。勘弁してよ、もうちょっとだけ寝させてよ。


 まどろみながらキミとの出会いを思い出す。あの時、キミは泣いていた。どうして泣いていたのか、結局ボクには聞けなかった。ボクの知らない誰かに捨てられて泣いていたのかも知れない。そうだとしても、そんなことは別にどうでもいい。あの時、ボクはキミに声をかけた。理由はキミが泣いていたから。


 ベッドに腰かけながらブラシでとかすキミの軽くウェーブした長い髪の毛がボクの腕をくすぐって、ボクはすっかり目が覚めてしまった。


 ボクはキミの腰に手を回す。キミは笑いながら身体を預けてきた。


 旅に出るまで、まだ時間はある。



397文字

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