第55回にごたん参加 対義語のある言葉とない言葉

対義語のある言葉とない言葉(現代ドラマ短編)

第55回にごたん参加

使ったお題:【イマジネーション】【冒険】【魔法】<夢の国>




 魔法の対義語ってなんだろう。


 Kさんが繰り出すキーボードショートカットは社内では「魔法」と呼ばれている。むしろゆっくり動いているかのように優雅に見える指さばき。そういえば、ギターの名手エリック・クラプトンはスローハンドと呼ばれている。なるほどそういうことかとひとりで納得する。


 Kさんの淀みない操作で、ボクがあれだけ苦労していた資料のための数字はあっという間に準備できてしまった。


「あ、でもこれ、エクセルでなんとかするよりSQL書いてDBから必要な数字を一気に吐き出しちゃったほうが速いんだけどね」と、苦笑するKさん。


 いや、そんなことできたら苦労無いっすよ。そんなことできないからエクセル使ってるんっす。自分、エクセルでも精一杯っす。


 などと思う。本当、Kさんみたいな強者つわものにはかないません。


「頑張れば関数でもなんとかなるけど」


 出た、関数。sumとかaverageはいいよ。けど、Kさんの使うindex?、match?、 sumif? そのあたりは勘弁してくださいよ。


 正直に言います。会社は末端の営業にそこまでのスキルは求めていないと思います。だから、いいんです、ボクは。エクセルの達人になる気はありません。むしろパワポの達人になりたい。資料作りよりもプレゼンですよ。プレゼンのためのスライド作り。


 でも、それもKさんにはかなわない。アニメーションするプレゼンとか。Kさんが作ったプレゼンでグラフがグーッと伸びたりすんの。パワポってそういうソフトだってKさんは言うし、確かにアニメーション機能みたいなの沢山あるけど、そういう出来合いの効果とも違うの出してくるじゃん。反則だよ。


 限られた時間の中でそんな変わったことするのってある種の冒険だよなあ。ボクは冒険家になりたいんじゃなくてもっと地に足のついたさあ、なんていうか、保守的って言われるかもしれないけど、ごく普通の当たり前でいいんです。平凡な営業。資料はごくごく普通にエクセルでヒイヒイ言いながら作業して、プレゼンもパワポのテンプレートに適当にそれっぽい言葉並べて。レポートはワードでなんとなく行数稼いで……。


「ワードはさあ、普通の正規表現が使えないからさあ。ワイルドカードで似たようなこと出来ないわけじゃないけど」


 やはりそうか。ワードは確かに自分もあんまり使わないんですけどね。いや、正規表現っていうのはやっぱり魔法みたいなもんらしいとは聞いていますけど、正直なんだかよくわかってないんですけどね。


 自分の想像力の及ぶありとあらゆる範囲において、Kさんはわりと軽く上回ってくる。Kさんには別に偉そうなところはまったくない。色々と教えてくれる時も、教えてくれているというより、一緒に解決策を考えてくれているという感じだ。それも、とても真剣に。ボクの資料作成のことであっても自分のことのようにKさんは考えてくれる。そして、Kさんにとっては目新しくない、ひょっとするとかなりダメなやり方でも、その都度、きちんきちんと考えながら解決へと導いてくれる。


 社内の上の方の人がKさんに資料作りを頼みたがる気持ちがよくわかる。Kさんなら面倒な資料作りも嫌がらずにやってくれるだろう。そのうえ、出来栄えは完璧だ。


「ありがとうございました」


 ボクはプリントされた資料を受け取りながら、Kさんに頭を下げた。


「はい、どういたしまして」


 Kさんは気さくに笑った。


 ボクも照れたように笑う。


 なんだろう。今、最後の花火を終えて浦安の駅に向かってる感じだ。冒険は終わった。魔法は解けた。どれだけイマジネーションを駆使しても、目の前のKさんはくたびれきった小太りのおどおどしたおっさんだ。それ以上の存在ではない。


 『人は見た目が100パーセント』という身も蓋もないタイトルのテレビドラマが放映されていた。ドラマは見てないけど、Kさんを見ているとそのドラマを思い出してしまう。


 申し訳なく思う。それは本当だ。でも、同時に、Kさんがもう少し身なりに気を使ってくれたら、せめてワイシャツにアイロンをかけてくれたら、メガネの汚れを拭いてくれたら、黄ばんだ歯をむき出しにしないでくれたら。そう思ってしまう。


 人は見た目が100パーセントの反対はなんだろう。人は中身が100パーセントとかだろうか。


 そうなると今度はボクが困る。見た目だけは不足がないと言われ続けて25年。ブレストにもプレゼンにも合コンにも欠かせない人材として認められているボクにとって中身を要求されるのは一番つらい。Kさんと違ってボクは仕事ができない。


 Kさんの対義語はボクだ。対義語は対立を意味しない。むしろ、お互いに補い合うことができるはずだ。少なくともボクはそう思っている。


 多分、Kさんもそう思っている。


 その証拠に、こんなことを言い出すんだ。


「で、来週のスッチーとの合コン来てくれるよね? Yくん来てくれると絶対盛り上がるから」


 持ちつ持たれつ。案外、悪い関係じゃない。 

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