第54回にごたん参加 こんな形で宣伝とは(卑怯な)

こんな形で宣伝とは(卑怯な) (現代ドラマ短編)

#第54回にごたん参加

使ったお題【被害妄想】【創造主】【テクニシャン】<萌え>






 最低の気分のまま会議は終わった。


 開発は中止。


 始まる前から結論はわかっていた。企画段階ではあれだけダメ出ししてきた営業部長が継続を主張したのは意外だった。それも、始めた以上は進めるべきだとか、そういう単純な理由ではない。部長は今回のプロジェクトへの私たちチームの想いを正確に理解したうえで、その想いを無駄にしたくないとまで言ってくれた。とはいえ、今となってはせっかくの後押しも焼け石に水だった。


 社長に内幕をぶちまけたのは誰か。誰もが疑心暗鬼に陥っていた。曰く、UIデザイン担当のAは新規の開発よりも既存のアップデートを望んでいたはずだからあやしい、プログラマーのKは新しい技術を試してみたいと言っていたからあやしい、Sもそうだ、Hはそもそも乗り気じゃなかった、Tはどうだ、Gは、Mは……。


 Mは企画が通る前から通院していた。彼女は社内であちこちから悪く言われていると訴えていたが、そんなことはなかったはずだ。私が知らなかっただけかもしれないと思って何度も確認した。こういう時は結局ノミニケーションだ。全員で、数人で、一対一で。私はチームの全員と飲み続けた。


 酔って出てくる本音の中でも、Mの評判は上々だった。彼女の群を抜く技術力は誰もが認めていた。我が社のゲーム開発のエースとしてMは君臨していた。彼女のすごいところは、チーム全体を見据えたうえで必要であればツールまで自作を厭わない姿勢、誰よりも読みやすく理解しやすいコード、気軽に誰からの質問にでも答えられる能力、新しい技術に対する貪欲な吸収力、そして、他人の作ったコードを尋常ではない速度で読み解き理解し、時にはピンポイントの正確なアドバイスまで導き出せる実力。


 とりあえず、Mは我が社が抱える技術者としてダントツだった。だからこそ、彼女が不平を、正確に言うと周囲の人間には被害妄想としか思えないことを言い出した時、戸惑うしかなかったのだ。彼女は正当に評価され、見合うだけの待遇を与えられ、思う存分実力を発揮できる環境を用意されている。誰もがそう思っていた。


 しかし、Mは妄想に沈んだ。誰かがずっと彼女には価値がないと悪口を言っている、そう彼女は言う。ひどい時は、全員が名指しで彼女を非難しているとまで言う。ノミニケーションの成果は彼女にもざっくばらんに伝えた。しかし、聞く耳は持たない。それどころか、チーム全員が誰かに操られているなどと言い出す。


 事ここに至ってはプロジェクト管理や人材管理がどうこうの話ではない。そう判断した私は彼女に通院を勧めた。当初、その必要はないと主張したMだが、通勤の途中、駅のホームで赤の他人を罵倒しトラブルに巻き込まれたことで、田舎から上京した家族によって通院を促されることとなった。納得はしていなかったようだ。それでも通院と薬の服用で状況は大きく改善されていた。


 はずだった。


 開発にMの力は不可欠だ。これまでのヒット作でMが関わらなかったものはない。単にプログラムだけではない。ゲームの中で展開される世界、その世界観を作り上げるにあたって彼女はまさに創造主の如き役割を担っていた。


 彼女自身はそれほど重篤なゲーマーではなかった。むしろゲームのファンタジックな世界とは程遠い、即物的な世界に生きていたと言えるだろう。それなのに、彼女はゲーマーを魅了する世界を描き出し、仮想世界の中に見事に創り上げていった。


 かつての制約されたゲーム開発の中では世界観とプログラミングの幸運なタッグが実現された例が多々ある。Mの開発するゲームにはそういう、制約の中で生まれた美しい世界が確かに存在していた。そういう例を知っているのは年寄りばかりになってしまった。悲しい話だ。


 だからこそ、今回の開発においてもMの役割は大きなものになるはずだった。しかし、彼女はその役割を担うことはなかった。


 すべてが終わってホッとしなかったと言えば嘘になる。このまま開発を続けたとしても、Mがいなければ実現は難しかっただろう。それは開発チームの誰もがわかっていた。


「ありがとうございました」


 集まった開発チームの全員に私は深く頭を下げた。


 Mの姿は無い。


 私はお気に入りのメイド服のフリルが汚れないよう、慎重に椅子に腰をおろした。考えてみるとMとはファッション・センスだけは決定的に合わなかった。彼女は男に媚びないなどと言う。それはおかしい。媚びる媚びないではなく、視線を意識したファッションは女性自らが憧れ獲得するべきものなのだ。だから私は彼女の服装にだけは注文を出し続けていた。一昔前の地味な学生か女教師みたいな格好してくるんじゃないよ。オタクの心をダイレクトに刺激できずに何がゲーム開発か。我が社の連中は男も女も常識人に成り下がってしまい、秋葉原から始めたルーツから遠く離れてしまった。まったくもって嘆かわしい。


 私の服装についてチームの人間は誰も何も言わない。私は彼ら彼女らに言い続ける。


 萎える格好はするな。


 Mはその先鋒だった。許せなかった。


 こんなチームで続けていくことは無理だ。そう判断した私が社長に直訴したことには必然があった。


 そう、こんなチームでは続けられない。


 私が社長にそう言った。


 間違ったことを言ったつもりは微塵もない。

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