第38回にごたん参加 替え玉ひとつ

替え玉ひとつ(現代ドラマ短編)

第38回にごたん参加

使ったお題【迷える子羊】 【ライバルと手を結ぶ日】 【料理】




「いやあ、いっぺん来てみたかったんですよ。いっつも皆さんがお昼から帰ってくると匂いが、もう匂いがすごくて、たまんないなあと思ってたんですよ。いやあ、本当、嬉しいなあ、ご一緒させてもらって。しかも、こんな美人と一緒だなんてラッキーですよ。白石さんの彼女さんじゃなかったら絶対アタックしてるなあ。お名前なんて言いましたっけ。伏見さん? いやいや、下のお名前。美々さん? 伏見美々? あ、白石さんすみません、彼女さんの名前呼び捨てにしちゃって。ボクの名前も覚えてくださいよ。長い短いの長いに浜って書いて長浜、短い浜じゃないですよ。長浜博喜、ナガハマヒロキです。え、白石さん、美々さんからピロくんって呼ばれてるんですか? しかもボクと同じ名前? え、マジですか。字が違う? てことはひょっとすると美々さんとボクが付き合ったらボクもピロくん? ピロくん? ピロくんって、ウソー。呼ばれたいー。ボクも美々さんにピロくんって呼ばれたいー。ダメエー? あ、そりゃダメですよね。すみません、白石さん。いいなあ。美々さん、ボク、白石さんの次に立候補します。次って白石さんと万が一なにかあったら次ボクってことで。ダメ? いやいや、諦めませんよ、ボクは。えっ、えっ、うわー、これが味噌バターコーンにんにく入りですか。うまそー。皆さんいつもこれ食べてるんですよねえ。いいなあ。くぅー、上に乗せたバターが溶けかけてすごくいい匂いですよ。そして、うわっ、なになに、このにんにく。ありえねー。あと浮いてる焦がしネギですね。モヤシがまた、緑豆じゃなく大豆ですね、豆もやし、新鮮だ。さっと炒めて、ごま油ですね、こっちもいい香りだ。あ、すいません。見とれてました。あ、美々さん笑った。笑うとまたカワイー。ああ、でもラーメンラーメン。集中集中。じゃ、いっただっきまーす。ボクはまずはスープからいただくんですよ。レンゲでね、一口スープを。ホゥッ。あ、すいません。なんかあまりの旨さに気を失いそうになりました。にんにくはすりおろして乗せてるだけじゃなくてしっかりとスープにも味が染み込んでますね。いい仕事してんなあ。あとショウガと唐辛子と、味噌。味噌味噌味噌。これすごい。すごいよ、この味噌。うわあ、スープだけで幸せになりますねえ。でもやっぱりラーメンは麺。いきますよ、いきますよ。結構細めのちじれ麺。スープが良く絡むんだこれが。じゃ、いっちゃいまーす。ノッ。なんすかこの麺。もっちもちなのにツルッツル。思った通りスープと絡む絡む。これ自家製ですか。ああ、西山ですか。やっぱいい仕事するなあ、西山製麺。チャーシューは控えめなのがいいですねえ。主張が強すぎるのはボクはあんまり好きじゃない。これぐらいでいいんです。チャーシューのでかいの、あれなんなんでしょう。チャーシュー食いに来てんじゃないって、そう思いません? ああ、そんなこんなで味噌バターコーンにんにく入り、どんどん平らげちゃってます。なんなんですか、皆さん、こんなの週に二回とか食べに来ちゃって。反則ですよ。反則。しかも美人と一緒。ありえねー。なんでボクのこともっと早く呼んでくれなかったんですか。いつでもオッケーですよ、ボクは。ぷはー、うわ、もう麺、食べ尽くしちゃった。やっぱりうまいラーメンは時間感覚がおかしくなりますね。幸せだなあ。ボクはラーメン食べてる時と美々さんといる時が一番幸せだ。なんちゃって。あ、替え玉、替え玉いいすか。すみませーん、替え玉ひとつ。替え玉……」

「長浜君、ここは替え玉はやってないよ。とんこつじゃないからね」

 滝野は菩薩のように穏やかな笑顔だった。

「ええー。そうなんですかあ? あ、そうか、じゃ、ライス、ライスください。はい、大。はい。はい」




「最高でした」

 長浜の顔は心なしかテカテカしていた。

「そうか。長浜君は午後は外回りか。それはまずいなあ。キミ、僕らがいつもにんにくの臭いさせてるの知ってるよな」

 滝野の言葉で長浜の顔が青くなった。見失っていた。さっきまでの自信はない。迷える子羊だ。

「まずい、ですか?」

「まずいよお。西岡さん、そういうのあれだろ」

「はい」

 長浜の声は今にも消え入りそうだ。

「うまいラーメン食いたい気持ちはよくわかる。でも、残念ながらキミは営業だ。外回るのにこんなに匂いさせてちゃあなあ」

「どうしたら」

「まだ時間はある。駅前にできたサウナ、知ってるか」

「サウナ・イヨマンテですか」

「そうだ。昼休みはまだたっぷり時間がある。あそこでひと汗流して、しっかり歯磨きして、コーヒーでも飲んで、それから会社に戻ればいい」

「でも、遅くなると」

「大丈夫だ。西岡課長には俺が話をつけておく。キミは知らないかもしれないが、だいぶ前に会社が傾いた時、俺たちは手を携えて危機に立ち向かったんだ。営業の西岡、制作の滝野、当時の札幌で知らない奴はいないよ。天敵に見えるかもしれないがな、俺と西岡課長にはそういう歴史がある。だから、大丈夫だ。ほら、これ、これで、タクシーつかまえて、イヨマンテまでゴーだ。そして、もう二度と昼間っから味噌バタコーンラーメンにんにく入りを食おうだなんて考えるな。宿命だ。営業という仕事の、な」

 滝野は財布から取り出した万札を長浜に握らせた。

「滝野課長……、あざーっす」

 長浜はちょうど通りかかったタクシーに飛び乗ると、何度も頭を下げながら遠ざかっていった。

「ターキノさん……、クルマ回すっす」

「悪いな」

 かかとで泥を跳ねないよう白石と彼女さん、伏見さんは、慎重に歩いていく。

「美々ちゃん、か……」

 滝野はぬかるむ足元に目を落とした。俺もつられて下を見る。

 春はもうすぐだ。



おしまい


連作短編の一編です。


前の話はこちらの二編。

『幻のカツ丼』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882422245/episodes/1177354054882422335

『ナイスな遺影』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882445841/episodes/1177354054882445863

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