第41回にごたん参加 神の食物
THEO(神)+BROMA(食べ物) (現代ドラマ短編)
第41回にごたん参加
使ったお題【ダ・カーポ】【ぼろぼろになった日記】【チャイルディッシュ】【チョコレート】
――物心ついてからの六十年間、私はほぼ毎日のように殺人の方法を考え、それを日記に記してまいりました。
ぼろぼろになった日記帳にはそう書かれていた。
――カカオの持つ苦味成分テオブロミンはアルカロイドの一種であります。アルカロイドといえばその特徴である毒性、そこから私はモルヒネやコカインを思い浮かべるのであります。また、煙草に含まれるニコチン、珈琲のカフェインも忘れることができません。そして、私がなにより心惹かれるのはテオブロミン、カカオの持つ苦味成分であります。カカオ、つまりチョコレートに含有されるアルカロイド、これを使った殺人の方法を考えることは私にとって大きな愉悦でありました。けれど、非常に残念なことに、テオブロミン(この名称はカカオの学名であるテオブロマ=THEO(ギリシア語で神)+BROMA(同じくギリシア語で食べ物)に由来しております。神の食物でありながら毒性を持つアルカロイド、素晴らしい)には、人間を殺すだけの毒性はございません。テオブロミンの代謝に劣る犬などはチョコレートに含まれる量でも死に至る可能性があるというのに、肝臓での代謝に優れた人間様はこの神の毒物をなんなく無毒化してしまうのです。逆説的ではありますが、他の多くの動物よりもアルカロイドの代謝において優れた性質を持ったことで人間は生物界の連鎖の頂点に立つことができたのかもしれません。私にはそう思えてなりません。
――さて、せっかく神の食物などという素晴らしい名前を持つにも関わらず死に至るまでの毒性を持ち得ないカカオ=チョコレート、どうやってそれで人を殺すのか。
――まず、私が考えたのはチョコレートのプールでの溺死であります。チョコレートの比重は水と比してやや重い、つまり人間を沈めた場合の浮力は大きく働くものであります。チョコレートのプールに沈められた人間が冷静であれば丸太のように不動の状態で仰向けに身を横たえたなら沈むことはありません。が、幸いなことに粘性の高い液体であるどろどろのチョコレートは、例えばそう、頭から沈めてしまえば、たちまち鼻や喉を塞いでしまうはずです。そうそう簡単に拭うことは出来ません。拭おうとして手を上げれば頭は沈む。頭が沈めばまた粘るチョコレートが息を塞ぐ。それを繰り返しながら力尽きていくさま、神の食べ物によって窒息していくさまは、想像するだけで恐ろしい。
――けれど、この方法には重大な問題がありました。そもそもそんな大量のチョコレートをどうやって用意するのか。チョコレートのプールなど有り得ない。人が立てないほどの深さのプールを満たすほどのチョコレート、しかもそれを温めて溶かす。どれほど無理な話か、自分でホットチョコレートなど作ればすぐにわかる話です。とてもではありませんが、これでは現実味がありません。
――もう少し現実味のある方法を考えましょう。コップいっぱい程度のホットチョコレートで可能な殺人。身体を固定したうえで耳からホットチョコレートを注いでいく、これならどうでしょうか。いえ、耳から注いでも死には至りません。では、仰向けに身体を固定し、鼻からホットチョコレートを注いでいく、これはどうか。悪くない。殺される側にとっては非常に苦しい殺され方のはずです。しかし、口で息をされてしまったら。いえ、大丈夫です、鼻から注ぎ続けているホットチョコレートの熱さで必ず苦しくなり、ついつい鼻から息を吸い込んでしまうはずです。気道に流れ込んだチョコレートでむせ返りながらやがて窒息し……。
――どうも美しくありません。こんな回りくどい方法ではなくもっとスマートな方法があるはずです。
――私が子供の頃はチョコレートを食べ過ぎると鼻血が出るとよく言われたものです。子供じみているかもしれませんが、チョコレートを大量に食べさせて鼻血で失血死……。無理がありますね。では、何十年にも渡って毎日大量のチョコレートを食べて糖尿病になってしまい……。これではチョコレートである必然がありません。チョコレートでなくとも糖尿病にはなるでしょう。
――私がチョコレートを使った殺人に感じていた違和感はこれでした。チョコレートである必然性がない。溺死や窒息死はチョコレートである必然がありません。もちろん鼻血による失血死や糖尿病も。
――では、どういう殺人方法であればチョコレートによるという必然があるのか。そう考えると話は、テオブロミンによる殺人というところに戻ります。
――そもそも、カフェインはBBB(ブラッド・ブレイン・バリア=血液脳関門)を突破する有機化合物のひとつです。カフェインの代謝物でもあるテオブロミンはどうか。テオブロミンもカフェインやニコチンのようにBBBを突破できるのであります。しかもココア一杯に含まれるテオブロミンはコーヒー一杯に含まれるカフェインよりも多いのです。どうやらここに勝機がありそうです。
――ついに私はチョコレートを使った画期的な殺人方法を思いつくに至りました。これはいまだかつて誰も考えつかなかった画期的な方法であります。しかも証拠すら残さぬ完全犯罪。私は今、非常に興奮しております。ついに、ついに、神の食物によりもたらされる至高の瞬間を私は見つけたのでありま
日記はここで終わっていた。
遺品整理の仕事をしていると様々な極限に出くわす。その多くは人間の業の深さを感じさせるものだ。狂気を感じさせるものも少なくない。今回の日記は後者の一例だろう。
日記には遺品の整理のためのヒントが詰まっている。だから、オレは見る。見ないと言う業者もいるが、それでどうやって遺品を整理できるのか、オレにはよくわからない。ただ捨てるだけなら廃棄業者に頼めばいい。遺品整理という仕事に携わる以上、他人の人生にある程度まで首を突っ込むのは覚悟の上だ。
そのうえで、今回の日記はなぜか心に引っかかった。日記の主、この部屋で何年も遺体のまま放置されていた老人は何を見つけたのだろうか。死の直前までの熱情はどこにたどり着いたのだろうか。
日記の最後には老人が書いたとおぼしき複雑な化学式のメモが挟まっていた。オレには化学はわからない。この老人は随分と化学の、毒物に偏っていたようだが、知識があったようだ。生い立ちなど調べてみたが大学で化学を専攻していたようだ。ミステリーマニアで殺人のことばかり考えていた結果として毒物に詳しくなったのだろうなどと考えていたが、そういうわけではなく下地はあったようだ。仕事は化学とまったく無関係なカーディーラーだったが。
この老人は誰にでも平等にやってくる死というものを特別視していたのかもしれない。他者に対して死を与えるという特権を得ることでも夢想していたのだろうか。ある種の全能感、中二病というやつを六十過ぎまで引っ張っていたのか。
それも今は珍しくもないのかもしれない。遺品の整理に際して驚くほど幼稚な趣味に出会い苦笑いすることはある。誰もが捨てきれない子供の思いを持ち続けている。突然の死はそれを残されたものに無情にもさらけ出す。
荷物の少ない部屋だった。日記を読むと頻繁に図書館に通っていたようだ。知識の源は図書館。部屋に本がほとんどない理由はそれか。
生涯独身。定年後は退職金と貯蓄で特に働くこともなく図書館通い。両親も既に鬼籍。趣味の毒物研究に熱が入ったとしてもおかしくはない。唯一残った血縁は姉の子、いわゆる甥だが、普段の付き合いはまったくなかったらしい。
オレは部屋の一方に並べた段ボールのひとつに日記をしまった。いつもなら遺族に確認してもらうように遺品はある程度分類しながら整理しておく。今回のように遺族が特に遺品の受取を希望していない、但し相続すべきものであれば別、ということであれば最終的にはほとんどがゴミになる。日記なども必要はないだろう。あまり細かく分けることもない。
この日記に挟まれた化学式のメモが、殺人ではなく、認知症などで不活性化した脳の一部に直接薬剤を送り届ける、いわゆるドラッグデリバリーシステムの新しい可能性をもたらすものだなどとは、化学に疎いオレにはこの時点では
それを巡っての一騒動はまた別の機会に。
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