第17話 反撃
「姉を離してください」
カラキさんと姉が同時に私を見た。自分を落ち着かせるように、深呼吸をする。
「カラキさん、あなたの目的は私なんですよね?」
「そうだよ。君が大人しく言うことを聞いてくれれば、双葉ちゃんを解放するよ」
歪んだ笑みを見せる彼を見据えながら、私は一歩一歩二人の元に近付いていく。
瑞来ちゃんが止めようするのを、「大丈夫だから」と制した。
「千歳、こっちに来るな! 瑞来ちゃん連れて逃げろ!」
私が近付いていく度に姉の声が大きくなる。けれど、私の視界は姉を映していない。私が視界に捉えていたのは歪んだ笑みを浮かべたカラキさんだけ。
人間のフリをしているこの男の人に流れているのは、自分の血なんかじゃない。贄となった少女や女の人たちの血だ。その年齢も人数も、私は知らない。
少なくとも母が高校生の頃からその姿が変わっていないのだとしたら、贄となった人たちの数は、一人や二人ではないはずだ。
私はカラキさんに腕を掴まれたまま、悔しそうな顔をしている姉の前で立ち止まった。彼を見上げながら、冷静に言った。
「姉を離してください」
「もちろん」
彼が姉の腕を離した次の瞬間、私は駆け出した。カバンの中に隠していた柱の一部をカラキさん目がけて思い切り振り上げた。振り上げた柱の先端が、彼の左側の顎から頬まで一直線に切りつける。
その瞬間、この薄暗い中でも分かる程、真っ赤な鮮血が噴吹き出した。カラキさんは慌てて切り付けられたところに手の甲を押し付け、床に片膝を着いた。それを見て、私は違和感を覚えた。思い切り振り上げたとはいえ、それ程深く切りつけた訳でもないのに、あれほど血が出るものだろうか。そのまま凝視していると、ふいに腕を引っ張られた。
「何突っ立ってるんだよ! 今のうちにここから出るぞ」
声を張り上げている姉の隣には瑞来ちゃんの姿もあった。いつの間にか私の片方の腕を掴んでいる。
私たちは本堂扉まで走った。姉が乱暴に扉を開ける。本堂を出ようとした時、瑞来ちゃんが短い悲鳴をあげた。
姉と私が瑞来ちゃんの方を見ると、彼女は茫然としたままカラキさんを見ていた。彼女が指差す方を見て、私も声をあげそうになった。
彼が片膝を着いた部分には血痕が一つもなかった。あれだけ流血しているにも関わらず、とても妙な光景だった。
床から視線を離しカラキさんを見た。彼の腕を伝って流れる鮮血は床に落ちることなく、彼の腕を離れた瞬間、蒸発して消えてしまった。
私の後ろにいた姉が掠れた声で、「何だよ、あれ……」と呟くのが聞こえた。
現実ではあり得ない現象に目を凝らしていると、警察のパトカーのサイレンが聞こえて来た。
それまで膝を着いた状態のまま動かなかったカラキさんが顔をあげた。息を切らし、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。こちらに向けられた表情には、見慣れた笑顔はなかった。恨みがましく睨み付ける目には怒りが滲んでいるようだった。何か呟くように口元を動いたが、何と言っているのかは分からなかった。
その恐ろしい表情からは、穏やかに笑っていたカラキさんの面影は一つも感じられない。
サイレンの音が次第に大きくなってくる。その場に立ち尽くしていると、カラキさんが突然こちらに向かって走りだした。私たちは身構えたが、彼は本堂を出ると山の茂みの中へと姿を消してしまった。
私たちが呆気に取られたまま、立ち尽くしていると、やがて警察官が駆け付けてきた。私は話しかけられても、その声は右から左に流れていき、ほとんど頭に入ってこない。
警察官の話を聞きながら、西日に照らされた本堂内を凝視していた。
だが、どれだけ目を凝らしても、彼の血痕を見つけることは出来なかった。
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