第15話 香りの正体
本堂扉の中は薄暗く、瓦のない屋根の骨組みの間から微かに日差しが差し込んでいる。
瑞来ちゃんの姿をさがしていると、本堂内の隅で横たわっている瑞来ちゃんが目に入った。
「瑞来ちゃん!」
私は慌てて彼女の傍に駆け寄った。けれど、何の反応もない。特別目立った外傷はなく、彼女の顔に自分の顔を近づけてみると、寝息が聞こえた。先程、カラキさんが電話で話していたようにただ眠っているだけのようだった。私がほっと胸を撫で下ろした瞬間、背後の本堂扉が閉まる音が聞こえ、その音とともに甘い香りが本堂内に漂った。
「ああ、千歳ちゃん。早かったね」
恐る恐る声のした方を振り返ると、扉の前にはカラキさんが立っていた。私は彼を睨み付け、
「瑞来ちゃんには何もしてないんですよね?」
口にした自分の声が震えているのが分かる。恐怖と怒りで喉が詰まり、思うように声が出なかったのが悔しい。
「もちろんだよ。電話でも話したけど、眠っているだけだよ。それに彼女には何もしていない。安心して良いよ」
穏やかな笑みを浮かべたままそう言うと、ゆっくりとこちらへ近付いて来た。
「君に興味があったから、瑞来ちゃんに協力して貰ったんだ」
「興味? 私にですか?」
意外な答えに戸惑った。彼に興味を持たれることなど何一つないはずだ。
「僕と会った時に甘い香りがするって言ってたよね。あれ、誰でも気付く訳じゃないんだよ。この香りに気付く
私は衝撃を受けた。まるで雷に打たれたような感覚だった。彼に甘い香りを感じた時の記憶が蘇る。
(何もつけていないよ。柔軟剤かな?)
(甘い香りなんてしなかったよ? 千歳ちゃんどうしたの?)
(いや、あたしはない)
愕然としたまま、考える。はっきりしているのは、あの不思議な甘い香りは自分しか感じていなかったということだ。私はゆっくりと顔をあげ、カラキさんを見据えた。
私の目の前に立つカラキさんから今まで感じたことのない強い香りが、私の鼻孔を刺激した。
いつまでもへばりついて離れない。そんな香りは、もう香りと呼べるものではなかった。吐き気を催すそれは、最初の頃に感じた香りとは全く別の異質なものに変化していた。私は思わず手で鼻と口を覆った。
「私をどうするんです?」
吐き気を堪えながら問い掛けた。鈍い頭痛を覚え、足元もふらつく。次第に意識も
「いやっ……」
抵抗しようと身を
「僕がこの姿を保つには、女性の身体と血が必要なんだ。君のように未成年の女の子でも構わない。
「血は? 血はどうするつもりなの?」
「血は僕が飲み干して、自分の身体に取り入れるのさ。この香りは君と同じように、香りを感じた人の血が反応して出るみたいなんだ。もちろんいつも出る訳じゃないんだけどね」
私は彼の口から語られる、この異質な香りの正体を聞いて絶句した。ふらついていたはずの足は動かすことが出来なかった。がくがくと震えてまともに立っていることも難しい。今まで感じたことのない恐怖が私を支配した。
姿を保つって何?
贄って何?
この異様な香りの正体は、女の人たちの血の臭いだったの?
(私も殺されてカラキさんの一部になるの?)
「どう? 分かってくれたかな? 僕には君の亡骸と血が必要なんだ」
カラキさんは私の耳元で、優しく囁いた。身体に力を込めて彼の手を払おうとすると、私の肩に回された手により一層力が込められる。
この人は人間ではないのだろうか?
そんな考えが頭の中に浮かんだ。そんなことはあり得ないのに。けれど、そう思わなければ、正気を保っていられなかった。
社交的で穏やかな好青年などではなかった。自分の肩を掴んでいる、この男の人がとてもつもなく不気味な存在に見えた。
その時、どこからか私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
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