第14話 廃寺

 「おい、千歳! ちょっと待て!」

 姉が止めるのも聞かず、私は玄関に向かった。

 扉を開けて外に出るや、アパートの階段を一気に駆け下りた。アパート付近には徒歩三分くらいのところに停留所がある。N寺付近を通るバスの時間を確認したところ、十五時三十五分が今の時間帯から考えて一番早い。電話が切れた際の時刻は確か十五時二十五分だった。バスが来る方向を見ても、バスどころか人も車もほとんど姿が見えない。

 待っている時間がこれほど苦痛だと感じたことはない。早くN寺へ行き、瑞来ちゃんの無事を確かめたかった。辺りを見回すと、私以外にバスを待っている人の姿はない。

 やがてN寺付近を通るバスが見えた。停留所にバスが到着すると、私は勢いよく飛び乗った。

 

 N寺近くにある停留所でバスを降りると、目の前には田んぼが広がっていた。民家はあることにはあるが、まばらにあるだけで、ほとんど田んぼが一面を占めている。

 私は畦道あぜみちを通り抜け、廃寺となっているN寺がある山へと向かった。

 山の入り口には古い看板がある。『N寺入り口』とだいぶ薄れた文字で書かれていた。看板の矢印を確認すると、N寺へと続く緩やかな坂を上っていった。山の入り口からそう離れていない場所にあるので、迷うことはないと思う。

 歩きながら辺りを見回したが、もちろん自分以外に人の姿はない。辺りにはただカラスの鳴き声や山の木々の葉を揺らす風の音が聞こえるだけだ。

 山道を登りながら、私の頭の中に幼い頃の記憶が蘇ってきた。小学校に入る前、家族で一度だけN寺に来たことがある。あの頃はまだN寺も廃寺になっていなかったから、参拝者もそれなりにいた記憶がある。季節は秋で、姉は夢中でどんぐりや松ぼっくりを拾っては、両親と私に自慢げに見せていた。だが、私は昼間なのに薄暗く、今にも何かが出て来そうな気がして、何となくそこにいるのが怖かった。

 そんなことを不安が占める頭で思い出しながら、駆け足で山道を登って行くと、N寺が視界に入った。N寺は、数年前に後を継ぐ人がいないという理由で廃寺になったお寺だ。そんなこともあり、普段N寺を訪れる人はいない。

 浅い呼吸を繰り返しながら、N寺へ近付いて行く。辺り一面を見回すと、N寺へと続く石畳には無数の苔が生え、屋根瓦は僅かしか残っておらず、地面に落下した衝撃で割れていた。屋根を支えるはずの柱も腐りかけており、昔見たお寺の面影は全くなかった。

 再び荒れ放題になった草を掻き分けて前へ進み、N寺の本堂扉の前で立ち止まった。。

 (本当にこんなところに瑞来ちゃんがいるのかな……)

 私は瑞来ちゃんの名前を呼びながら本堂扉を開けた。

 

 


 

 

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