第8話 瓜二つ

 夕食後、リビングでテレビを見ていると、私の元に食器を洗い終えた母が何かを持って来た。

 「何、これ?」と訊ねると、母は私が座っているソファーの目の前にあるテーブルに持っていた物を置いた。満面の笑みを浮かべて、

 「アルバムよ。お母さんが高校生の時の写真なんだけどね。ほら、この写真見てみて」

 母が持って来たアルバムは、はがきサイズの白地に淡い色の花がところどころに印刷された、片手で持ち運べる大きさのものだった。大きさはそれほどないが、写真が大量に入っているのか、ずいぶんと分厚かった。母は膨らんだそれをテーブルの上に置き何枚か捲ると、ある一枚の写真を指差した。

 私はその写真に視線を落とした瞬間、悲鳴をあげそうになった。必死にそれを堪えて、平静を装って母に訊ねる。

 「お母さん、この人は……?」

 「高校の時に知り合った人よ。今日友達とランチしに行ったら、その人とそっくりな人がいたのよ」

 「そっくりってどの辺が? お母さん、どこにランチしに行ったの?」

 声は震えていなかったが、私の心臓の鼓動がみるみる速さを増していく。

 「最近この近くに新しい喫茶店が出来たでしょ? 今日そこに高校の時の友達と行ってみたのよ。そうしたら、例の男の人がいたのよ。若い女の子と一緒でね。どの辺がって言うより、もう全体的に似ているのよ。顔も、体形も。友達とお母さん、高校の時のこと思い出しちゃってね、さっきアルバムをf出してみたら本当にそっくりで驚いたわ。あんなに似ている人っているのね」

 私は愕然とした。まさかそんなことがあるなんて。

 その写真に写っていた男の人は、カラキさんと瓜二つだった。

 母はまた楽しそうに、

 「この写真を撮った日はお母さんの高校、文化祭だったのよ。その時にこの写真の男の人に会ってね。とってもかっこよかったから、一緒に写真撮って貰ったのよ。話しかける時すごく緊張したのを覚えてるわ」

 私はもう母の話など頭に入ってこなかった。カラキさんとそっくりな人が写っているその写真にもう一度目を凝らす。顔を伏せたまま、先程から気になっていたことを、母に問い掛けた。

 「ねぇ、お母さん。この写真の男の人って甘い香りしてた?」

 母は少しの間考えてから、

 「えー、甘い香りなんてしていたかしらねぇ。でも、良い香りがしそうな人だったわよ。あっ、この話はお父さんには内緒よ」

 笑って口元に人差し指を立ててそう言ってから、母はまたアルバムに視線を落とした。

 私がその写真に写っている男の人の名前を聞こうとした時、母が突然声をあげた。

 「ごめん、千歳。ちょっと買い物に行って来てくれない? 塩切らしているの忘れていたわ」

 「えー、今から?」

 明らかに嫌そうな顔をしてそう返すと、母はお願いと頭を下げ、手を合わせて頼んできた。私は仕方なく出かける準備をした。

 玄関に向かおうと居間の扉を開けると、自分の部屋から出て来た姉と鉢合わせになった。

 母から買い物を頼まれたことを話すと、「アイス食べたいんだよなぁ」と姉が言うので、二人で近くのスーパーに向かった。

 

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