第7話 電話

 「千歳ちゃん、さっき甘い香りがするって言ってたけど、あれってどういうこと?」

一時間目の授業が終わり、次の授業の準備をしていると後ろから瑞来ちゃんが訊ねた。

 私は後ろを振り返り、

 「昨日カラキさんと会った時も香水みたいな香りがしたの。瑞来ちゃん何も感じなかった?」

 聞き返すと、瑞来ちゃんは首を横に振った。

 「そんな香りしなかったよ。それに柔軟剤の香りも。千歳ちゃん、どうしたの?」

 私は何も答えなかった。今朝のカラキさんとの会話を回想する。

 (じゃあ、私が感じたあの香りは何だったんだろう?)

 私は授業が始まっても、カラキさんから漂ってきたあの甘い香りがした時のことを思い出していた。

 今朝漂ってきた香りと、昨日感じた香りは全く同じものだった。飴のように甘ったるくもなく、かといって果物や蜂蜜を思わせる香りとも違っていた。あの香りは、今まで感じたことのないものだった。

 瑞来ちゃんに「そんな香りはしなかった」と言われた時、一瞬思考が止まった。

 (やっぱり私の勘違いだったのかなぁ?)

 そんなことを授業そっちのけで考えていると、ふいに後ろから名前を呼ばれた。驚いて後ろを振り返ると瑞来ちゃんが、

 「千歳ちゃん、もう授業終わったよ」

 心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

 「え? 嘘?」と声をあげてから、辺りを見回した。周りのクラスメイトは机の中の教科書やノートなどをカバンに入れたり、雑談をしていた。

 そこに沙織が駆け寄って来て、

 「千歳、どうしたの? 今日ずっとぼーっとしていたけど、何かあった?」

 心配そうな顔で私の顔を覗き込む沙織に笑顔を作り、

 「大丈夫。何でもないから」と返す。

 沙織はまだ心配した様子だったが、すぐに「そういえば」と、話題をかえた。

 「昨日お姉ちゃんに聞いてみたんだけど、カラキさん大学生じゃないみたい。お姉ちゃんの通っている大学の学生でもないし、他の大学に通っている訳でもないみたいだよ」

 「え、そうなの? 沙織のお姉ちゃんと仲良かったから大学生だと思ってた」

 私はてっきり彼を学生だと思っていたので、意外な事実に驚いた。

 「じゃあ、社会人なのかな?」

 何気なく呟くと、沙織がすかさず、

 「多分社会人なんじゃない?」

 「ねぇ、カラキさんと沙織のお姉ちゃんって付き合ってるの?」

 後ろで聞いていた瑞来ちゃんが真剣な顔で沙織の顔を凝視する。

 「いや、それはないと思うよ。もしそうなら、うちのお姉ちゃん絶対自慢してくるだろうし」

 右手を軽く横に振って笑いながら、否定する沙織を見て、

 「なんだ、てっきり付き合ってるのかと思った」

 安堵した様子の瑞来ちゃんに皆で笑ってしまった。

 「あっ、白木先生。また誰かと電話してる」

 一緒に話を聞いていた直美が、窓に目を向けたまま呟いた。私たちも窓に視線を向ける。窓越しに、私たちのクラスの国語の授業を担当している白木先生が電話をしている姿が見える。先生の横顔は嬉しそうで、頬が赤く染まっているように見えた。

 「最近いつも誰かと話しているよね」

 「なんだか先生嬉しそうだね」

 「彼氏でも出来たんでしょ。これからデートでもするんじゃない?」

 直美と瑞来ちゃんの会話を聞いていると、沙織が羨ましそうな声で、

 「良いなぁ、私も彼氏欲しい」

 頬杖をついて呟いた。

 「そうだねー」なんて言いながらまた皆で笑って、それから私たちは教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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