第3話 帰り道
瑞来ちゃんと私は美術部に所属しており、それぞれが決めたテーマで油絵を描いていた。
「カラキさんって引っ越して来てまだ一カ月なんでしょ? そんなにすぐ近所の人と打ち解けられるもんかなぁ」
「でも、この前ボランティアに参加してたって、近所の人から聞いたよ。公園の掃除してたって」
「ずいぶん積極的だね。珍しいというか……」
私たちは話すことに夢中になってしまって、すっかり手が止まってしまっていた。
そのまま話を続けていると、
「二人とも、いつまで話しているの! 手を動かしなさい」
様子を見に来た顧問の先生に叱責され、慌てて手を動かし始める。けれど、私たちはカラキさんのことばかりが頭に残り、目の前の油絵になかなか集中することが出来なかった。
部活動の帰り道、瑞来ちゃんと歩く通学路には私たち以外に人はいない。二人で先程の話の続きをしていると、酒屋さんの隣にある自動販売機で飲み物を買う男の人に気付き、瑞来ちゃんが立ち止まった。
私の制服の袖を掴んで、
「ねぇ、千歳ちゃん。あの人って」
興奮気味にそう口にした彼女の顔は紅潮している。
「カラキさんだよ。今一人だし話しかけてみたら?」
私がそう言うと、瑞来ちゃんは首を大きく横に振って恥ずかしそうに俯いてから、
「無理だよ。何話したら良いか分からないもん」
「でも、一度話してみたいって言っていたじゃない」
そんあ私たちのやり取りに気付いたらしく、カラキさんはこちらに近付いて来た。
「あれ、君達今朝見た子たちだよね? 僕に何か用?」
柔らかな笑みを浮かべたまま尋ねられた。近くで見るとより一層その整った顔立ちが分かる。色白な肌にすっと通った鼻筋。目元は穏やかに下がり、優しげだ。
瑞来ちゃんを横目で見た次の瞬間、彼女は私の肩を思いっきり掴んだ後、真っ赤になった顔をそのまま私の背中に押し付けた。
「ちょっと、瑞来ちゃん!」
バランスを崩して足元がふらつく。瑞来ちゃんはそのまま動こうとしない。私がカラキさんに視線を戻すと、目の前のカラキさんは心配そうにこちらを見ている。私たちにかける言葉を探そうとしているように見えた。
「ええと……あの、最近引っ越して来たって友達から聞いて、もし困っていることがあったら何でも聞いて下さい。それでは、失礼します!」
一気にそう話してから頭を下げると、私は目の前の相手に真っ赤になった顔を見られまいと、瑞来ちゃんの腕を掴んで一目散に駆け出した。
瑞来ちゃんの「ちょっと待って!」と言う声を背中で聞いた。後ろを振り返る勇気も余裕もなかった。
カラキさんがどんな顔をしていたかは分からない。
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