第五話 降ってきたメロディー
バンド練習が終わり、『モーニング・グローリー』の休憩所で、僕は姫菱との遣り取りをみんなに話した。
「なにそれ、ひっどーい!」
「こっちへの見返りがないってのが、なおさらタチが悪いな」
梨津は興奮気味に、透は冷静に憤慨する。
「もちろん、きっちり断ったし、文化祭に出られるかどうかは実行委員が決めることだから」
毎年、有志バンドは四組と決まっていて、それ以上の応募があった場合は、デモ音源による審査がある。
「まぁ、問題ないっしょー」
透が、先ほど録り終えた音源の入ったCDーRをかかげる。
一発録りだけど、『モーニング・グローリー』のレコーディングルームはデッド――音が回りにくく、音質は申し分ない。
通常、ウン万単位でお金が飛んでいくところを格安で利用できたのは、透のおかげだ。
「うん。曲全体のクオリティも、今までで一番だったからね。よく頑張ったよ、梨津は」
「えへへ~」
頭を掻く梨津に僕と透は微苦笑する。
「で、シュージーンは、さっきから何をブツブツ言ってんだ?」
ずっと思案中の秀二を見、透がため息を吐く。
「……いや、姫菱のことを考えてた……」
「はぁ? シュージーン、この後に及んで姫菱を落とす気かっ?」
「サイテー」
「ちげーよ!」
透と梨津が白い目を向けると、秀二はビクッとなった。
「姫菱には気をつけろって女友達が言ってたんだ……だから、少し気になってさ」
「考えすぎだって」
「そうそう、この音源ならオレたちの出場は、ほぼ決まりだってば!」
僕と透は笑い飛ばした。
だけど、秀二の不安は的中した。
後日、審査の結果が掲示板に張り出され、見に行ったけど、僕らの名前はなかった。
「あれ~? 南郷クンたち落ちちゃったの~?」
愕然とする僕らを見下すように姫菱が彼女のバンドメンバーと思われる面々と現われる。
「ざんねんだったね~? でも、安心してよ。あたしらが南郷クンたちの分も盛り上げてあげるからさぁ」
キャハハ、と下品に笑いながら姫菱たちは去って行った。
僕は悔しくて奥歯を噛んだ。
それから家に帰って自分の部屋に閉じこもった。
何もする気になれず、ベッドに寝っ転がって、ただボーっと天井を見ていた。
そんなときだった。
メロディーが頭の中に浮かんだのは。
よくアーティストが「天から降ってくるときがある」って言うけど、本当だった。
恥ずかしながら、僕はこれまで作曲はしたことがない。けど、天使か悪魔かわからない何かに突き動かされるように、僕はギター片手にペンを走らせた。
ものの三十分ほどで仕上がった曲は、最高の出来映えと自画自賛したくなるモノだった。
「お兄ちゃーん」
そこで知万里がノックもなしに入って来た。
「あ、ごめん。うるさかった?」
生音とハミングで音量は抑えたはずだったけど、リビングまで聞こえていたかもしれない。
「ううん、別に」
「じゃ、何の用?」
「奏ちゃんから伝言……お兄ちゃんとこの文化祭、見に行くって」
「へ?」
「じゃあ、ちゃんと伝えたから」
「あ、ちょっ」
僕の呼び止めも聞かず、知万里はドアを閉めた。
知万里が奏と連絡を取り合っていたことも驚きだけど、全国ツアー真っ最中の奏が、どうして文化祭に来るのか分からなかった。
「今更、なんだっていうのさ……」
新曲を完成させた熱は、一気に冷めてしまった。
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