第四話 姫の棘
結論から言うと、その後の練習は散々だった。
緊張した梨津のギターは無茶苦茶で、歌にも影響を及ぼした。
妥協案として、歌だけに専念してもらったところ、今度は「わたしの作った曲がちゃんと形になってるっ!」と感極まって泣き出してしまった。
さらに秀二の複数いる彼女が、約束をすっぽかされたことに激怒し、乱入して修羅場を繰り広げたので練習どころじゃなくなった。
とりあえず、梨津のギターは僕がレッスンし、平行してバンド練習も行うことにした。
梨津が完成させた曲は三曲あり、主にそのアレンジを仕上げる。
僕と秀二が案を出し、作曲者である梨津が採用か不採用を決める方法をとったけど、初心者の梨津にとっては善し悪しの判断が難しいようだった。
幅を広げるために、梨津にいろんな音楽を聴き込んでもらうほかない。僕ら三人は、これまで聴いてきた曲を片っ端からぶち込んだ携帯型デジタル音楽プレイヤーを梨津に進呈した。
個人レッスンにバンド練習、空いた時間は知らない曲を聴くという音楽漬けの毎日は、梨津にとってはとても苦痛だったかもしれない。
だけど僕らは、早くたくさんの人に彼女の音楽を聴いてもらいたい一心でスパルタに徹した。
それを理解したのか、梨津も一生懸命打ち込んだ。
そうして、どうにか形になってきた頃。
僕は学校の廊下にある掲示板で、来月末に開催される文化祭の告知ポスターを発見した。
時ヶ丘高校の文化祭は、大学の学園祭に匹敵する規模で行われるため、近隣だけじゃなく遠方からも多数訪れることで有名だ。
そのポスターで有志バンドを募集していた。
(これだ!)
僕はすぐに梨津たちへメッセージを送った。
と、そこで、
「南郷クン」
クラスメイトの
彼女は去年のミスコンで準ミスに選ばれたほどの美人だけど、顔に出るほど性格がキツいので、僕はちょっと苦手だ。
「聞いたよ、またバンド組んだんだってね?」
「う、うん」
「で、文化祭出んの?」
「そのつもりだけど……」
「そっかぁ……」
姫菱は聞こえよがしに舌打ちをして、僕に少しだけ顔を寄せてくる。
反射的にのけぞりそうになった僕だけど、続く彼女の言葉を聞いて我が目を疑った。
「あのさぁ、モノは相談なんだけどさぁ。辞退してくんないかなぁ?」
「ど、どうして?」
「ほら、アタシって、芸能界に入るのが夢じゃん?」
それは初耳だけど、僕は黙って頷いた。
「だから、今年のミスコンは獲るのは確定なんだけど、歌も歌えるってとこも見しとこうかなぁ、って……けど、南郷クンたちが出てきたら面倒くさいじゃん?」
「面倒、くさい……?」
「だって、北原さんって、アタシほどじゃないけど、そこそこカワイイじゃん。まぁ、そんなことないとは思うんだけど、ヘンに悪目立ちされるとアタシ的には困るんだよねぇ」
なに言ってるんだ、コイツ。
「だからさぁ、ここはアタシを助けると思って――」
「出るよ」
お願いされる前に僕はきっぱりと言ってやった。
「ちょっとぉ、南郷クン、アタシの話聞いてたぁ?」
マジ、ウケるんだけど、と彼女は小馬鹿にしたように笑う。
「姫菱さんが本気で芸能人になりたいんなら、むしろ、僕らをねじ伏せるくらいのつもりじゃないと、なれないんじゃないの?」
「……ふーん、そうくるんだぁ。わかった」
姫菱は唇を歪ませる。
「そっちがその気なら、遠慮しないから」
それだけ言うと、姫菱は足早に立ち去った。
このとき僕は、彼女の言葉を額面通りに受け取ってしまい、後悔することになる。
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