第三話 使命感
それから僕らは残りのメンバー――ベースとドラムを探すことにした。
学校や、昔の伝手を使って練習スタジオやライブハウスを回り、手書きのメンバー募集のポスター貼った。
もちろん、アナログな手法だけじゃなく、デジタルも活用する。
SNSで呼びかけたり、バンドメンバーのお見合いコミュニティなんかにも参加した。
そして応募の連絡が殺到した。
その数、ざっと六十人。
僕が元『ポロロンズ』だったということが大きかったらしい。ぶっちゃけ複雑な気分だ。
ともあれ、人数が人数なので、生意気にもオーディションを開催することにした。
場所は、かつて『ポロロンズ』が使っていた音楽スタジオ『モーニング・グローリー』。
応募者の大半は社会人だったので休日の日曜日――日曜日も仕事の人は、誠に申し訳ないけど辞退してもらった――午前十時から午後七時まで、スタジオの一室を借りてだ。
スタジオ代は僕と梨津で折半することになったけど、高校生の僕らには手痛い出費になる。
それでもメンバーを集める価値がある。僕はそう確信していた。
……だけど、現実は甘くなかった。
「ベ、ベース歴は八年ですっ! す、好きなジャンルはアニソンなら何でも……ああ、しいて挙げるなら、『魔法幼女☆キララたん』シリーズが好きで、と、特にキララたんの友達のユーカリンが――」
「あ、あの~、友達が勝手に応募しちゃったみたいで……えっと、私、オーボエなんですけど……」
「ドラムならなんでも叩けるよ。加入する代わりに奏ちゃんのアドレス教えてくんない?」
「「はぁ……」」
スタジオ内に設けた長テーブルに、僕と梨津は同時に突っ伏した。
「ろくな人がいないね……」
「まったくだよ……」
僕はチラリと壁を見た。
掛かっていた時計の針は六時四十五分を指している。
「けいちゃ~ん、あと何人いるんだっけ~?」
「次で最後だよ」
「そっかぁ~」
やっと解放される安堵感と、収穫がなかった徒労感の入り交じった、何とも言えない表情で梨津が上体を起こした。
「次の方、どうぞ」
僕も体を起こし、最後の応募者を迎える。
防音のため、二重になった重い扉を開けて入って来たのは、秀二と透だった。
「え?」
僕は手元にある応募者リストを確認した。
そこには別人の名前が書いてある。
「悪いけど、そのナントカさんなら帰ってもらったぜ」
僕が聞く前に秀二が答えた。
「『オーディションのことをなんで知ってるの?』って顔だな。んなもん、考えなくても分かるだろ? だって、ここはウチのスタジオだかんな」
透が肩をすくめる。
そう、ここ『モーニング・グローリー』は透の父親がオーナーを務める。
他にも『ポロロンズ』がライブをしたライブハウス『アンガー』も経営していて、透の母親はピアノ教室の先生をしている。
そんな音楽一家に生まれた透は、手伝いに駆り出されていたけど、奏のメジャーデビューの一件以降、一切の手伝いを辞め、運動部の助っ人に精を出していたはずだ。
「まぁ、オレたちが、どうして知ったかなんてどうだっちゃいいさ」
「圭、まさかとは思うが、もう一度バンドをやるつもりじゃないだろうな?」
秀二が単刀直入に聞いてきた。
僕はコクリと頷く。
「ふざけんなよ!」
秀二が胸ぐらに掴みかかってきて、僕は無理矢理立たされた。
「ちょ、秀二!」
「や、やめてよ!」
僕と梨津の制止も聞かず、秀二は続ける。
「お前言ったよなっ! こんな嫌な思いをするなら、もう二度とバンドはやらないって!」
確かに言った。
奏が抜けて、僕らは話し合った。
今後『ポロロンズ』をどうするかについてを。
「あれは嘘だったのかよっ!」
「う、嘘じゃないよ……でも、出会っちゃったんだ」
僕は梨津を見る。
「奏と同等……いや、それ以上かもしれない逸材に……」
一瞬、緩んだので、僕は胸ぐらを掴む秀二の手をふりほどいた。
「彼女の歌声は、後ろ向きだった僕を振り向かせる力があった。聴いた瞬間、嫌な思いとかどうでもよくなっちゃって、気づいたらギターを手に取ってたよ……大げさに聞こえるかもしれないけど、彼女を世に送り出すことは、僕の使命だと思ってる」
「ふぁっ!?」
変な顔になる梨津を、秀二と透が一瞥する。
そしてもう一度僕を見た。
「なら、なんで最初に俺たちに声をかけねえんだっ!?」
「え?」
「そりゃ、俺と透だって悔しかったし、もう二度と音楽なんてやんねーって思ってたさ……でも、俺たちゃ友達だろ?」
「正直、『ポロロンズ』がポシャって、〝ハイ、さよなら~〟ってのは辛かったぜ」
秀二が女子を口説くときの決め顔よりもイケメンなスマイルを決め、透は子供っぽく笑う。
「二人とも……」
そんな風に思っていたとは思いも寄らなかった。
確かにきっかけは『ポロロンズ』だったけど、奏を含め、あの頃の僕らはとても仲が良かった。
僕はバカだ。二人の気持ちを考えずに勝手に自己完結していたのだ。
「ごめん。それから、ありがとう」
「わかりゃいいんだよ」
頭を下げた僕の肩を秀二が優しく叩いた。
すると透が梨津に向き直る。
「で、そっちのナニちゃんだっけ?」
「あ、申し遅れました! 北原梨津です!」
「きーやんか。圭太っちを百八十度変えた曲ってやつを聞かしてくんない?」
「ふぁ、ふぁい!」
梨津はスマートフォンを取り出し、操作して秀二と透に聞こえるように画面を向けた。
そして曲が流れ始めると、二人の顔がみるみる変わった。
「こりゃ……」
「確かに……」
聴き終えた二人はスタジオを飛び出した。
それから僕と梨津が顔を見合わせながらぽかーんとしていると、戻ってきた。
「ちょっと合わせてみようぜ」
「スタジオの予約はいじった! あと一時間は大丈夫」
ベースとギターを二本と、マイクやら何やらを抱えて戻ってきた秀二と透は、テキパキと準備をし始めた。
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