第二話 バンドやろうよ!

 梨津は、休み時間の度に囲まれるので、僕は声をかけるタイミングを失った。

 とはいえ、十年ぶりで何を話せばいいかわからなかったから、ホッとしていた。


 そうして、梨津がクラスメイトとどんどん仲良くなっていく様を、僕はひっそりと見守りながら学校を終えて帰宅した。


「ただいま」

「「「おかえり~」」」


 ん?

 声が一つ多い。

 南郷家の家長父さんは、現在、単身赴任で海の向こうだ。

 誰かきているのだろうか、と僕は背筋を伸ばしてリビングのドアをくぐる。


「って、梨津っ!?」


 知万里と一緒にソファに並ぶ梨津がいた。


「聞いたわよ、圭太」


 紅茶とお菓子を運ぶ母さんが眉間にしわを寄せる。


「同じクラスに転校してきたのに、なんで梨津ちゃんのこと無視するの? 幼馴染みなんだから仲良くしなさい」

「そうだよ、梨津さん可哀相!」


 母さんに便乗した知万里が、よしよしと梨津の頭を撫でる。

 無視はしてないけど、反論すればさらに厄介な事態に陥りそうな気が満載なので、僕は梨津に近づいて彼女の腕を取った。


「ふぁ?」

「ちょっと来て」


 僕は梨津をソファから立たせた。

 ヒュー、と囃し立てる知万里を無視し、僕は自分の部屋に梨津を連れて行く。


「へんなことしちゃだめよ~。母さん、まだおばあちゃんにはなりたくないんだからね」

「し、しないよ! は、話をするだけだよっ!」


 妙なことを口走る母さんのせいで梨津がビクッとなったので、僕は腕を放した。


 そして自分の部屋に辿り着くと、彼女をベッドに座らせて、僕は勉強机の椅子に座る。


「ほうほう、わりかし綺麗にしてるんだね」


 僕の部屋をまじまじと観察し始める梨津に、僕はため息を吐いた。


「なんで、僕んちにいるの?」

「おばさんとちまちゃんに会いに来ただけだよ。け、けいちゃんに会いに来たわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!」

「してないし、今どきツンデレも流行らないから……で、本当の理由は?」


 僕と目を合わせた梨津は、居住まいを正し、咳払いをする。


「わたしと一緒にバンドを組んでください」

「は?」

「あの天藤奏とバンドやってたんでしょ? 実はわたしも最近ギターを始めたのだよ」


 どや顔で胸を張ったと思ったら、すぐにしゅんとなる梨津。


「でもバンドを組む前に転校しちゃって……だから、おねがい!」


 ぱん、と柏手を打つように梨津は僕を拝み始める。


 梨津が『ポロロンズ』を知っているのは、有名人になってしまった奏のウィキペディアを見たからだろう。

 だからといって僕がオーケーする理由にはならない。


「悪いけど、それだけは無理だよ」

「なんでっ?」

「もう音楽は辞めたんだ……」

「どうして?」

「僕には音楽の才能がないって、気づいたからだよ」


 半分は本当で半分は嘘だ。

 奏にまざまざと見せつけられた差と、もう裏切られたくないという思いのせいで、僕はギターを弾けないでいる。


「そんなことないよ!」


 梨津はほっぺたを膨らませながら、制服のポケットからスマートフォンを取り出し、パパッと操作して僕に見せる。

 画面にはコンテストに出たときの『ポロロンズ』のライブ映像が映し出された。


「けいちゃん、ギターむちゃくちゃ上手いじゃん!」

「僕より上手い人はたくさんいるよ。それこそプロには神ギタリストがゴロゴロいるし」

「なんでプロの人と比べるの? 関係ないでしょ?」


「それは……っていうか、梨津はバンドでプロを目指すんじゃないの?」

「目指すかどうかは、やってみてからの話だよ。とりあえず、バンドを組んでライブがしたいの!」


 ああ、そうか。

 僕はひどい思い違いをしていた。


 これまで僕は〝バンド=プロを目指す〟という考えで取り組んできた。『ポロロンズ』もガチだった。


 でもその方式は全ての人に当てはまるものじゃない。現実は趣味で音楽をしている人のほうが多い。

 その判断ができないほど梨津は初心者なのだ。


「じゃあ、一応聞くけど、もしバンドを組んだとして、どんな音楽がしたいの?」

「ふっふっふ、それはね~」


 よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに梨津は再度スマートフォンをいじる。

 そして別のポケットからイヤホンを取り出し、ジャックに差し込むと、イヤホンを僕に渡してきた。

 僕は椅子ごと梨津に近寄ってイヤホンを耳にはめた。


 聞こえてきたのは弾き語りだった。

 拙いアコースティックギターの音色に合わせて梨津の歌声が乗る。


「オリジナルか」

「……ど、どうかな?」


 イヤホンを外した僕を梨津は覗き込んでくる。


「ギター、下手くそだよね」

「がーん!」


 今どき声に出してリアクションする芸人もいないほど昭和な反応を見せる梨津が、おかしくて僕は吹き出しそうになった。


「笑うほどダメってことっ!?」

「い、いや、ごめん……ギターは下手だけど、歌は良かったよ。メロディーも耳に残るね」


 僕は立ち上がりクローゼットを開けた。

 右の隅に立てかけてあるハードケースを引っ張りだして床に置く。

 表面を埃が覆っていたので手で払ってやり、ロックを外してレスポールを取り出した。


 しばらく手にしていなかったレスポールは、今まで一番重く感じたけど、感傷に浸る暇はない。ハードケースの小物入れから、ヘッド部分に挟むタイプのチューナーを取り出し、ヘッドに挟み、再び椅子に座った僕はチューニングを始めた。


「具体的に言うとしたら……曲の構成を少しいじったほうがいいかもね……ちょっと、待ってね」


 六弦から順に合わせていくけど、弦が古すぎて微妙に合わない。

 それでもペグを捻り、弦を巻き上げていく。

 だけどやっぱり微妙にずれる。


「ちょっとピッチが合ってないけど」


 そう前置きした上で、僕は梨津の曲のBメロをかき鳴らした。


「こんな感じだったっけ?」

「うん! すごい! 合ってる!」

「いや、実は耳コピあんまり自信がないんだよね……」


 拍手してくる梨津に苦笑した僕はもう一度Bメロを弾いた。

 今度は僕のアレンジを加えてだ。


「なにそれっ! かっこいい!」

「少しコード進行をいじっただけだよ」

「ううん、すごくいいよ! やっぱり、けいちゃん上手いじゃん! 才能あるよ!」

「まぁ、梨津よりはね」

「ひっどーい! わたしはこれから上手くなるの! 伸びしろが有り余ってるんだから!」


 そう言うと梨津はスマートフォンをしまい、立ち上がった。


「そういうわけで引き受けてくれるんだよね?」

「うん」


 差し出された右手を僕は握り返した。


 正直に言うと、梨津の歌声を聞いた瞬間、体に電撃が走った。

 それは奏のオリジナル曲を初めて聴いたときと同じ衝撃だった。

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