100
「さぁ、そろそろカウントダウンといくよ! みんなも一緒に、せぇーの!」
「10!」と声を張り上げるフクオ。建物の外から、揃った歓声が巻き起こる。
中継スクリーンを観ていた観客たちが、カウントダウンに参加したんだ。
「9……! 8……!」
あわせてカウントアップしていく票数。1万まであと、800票……!
「や……やめろっ! や……やめろっ! やるなら俺だけにしろっ!
に……逃げろっ、リン! 今のうちに逃げるんだ!」
俺は繋がれた猛犬のように、シートベルトを引きちぎらんばかりの勢いで身体をよじらせ叫ぶ。
ターンして俺のほうを向いたリンは、水をかぶったように汗びっしょりになっていた。
「あきらめちゃダメっ! 最後まで、最後までいっしょに戦おうよ、三十郎っ!」
笑顔と踊り、そして希望を絶やさない、溌溂としたその姿……!
汗がキラキラと輝き、まるで夜空で星を振りまく天使のように美しい……!
お……思わず見とれちまったじゃねぇか……!
ただでさえ時間がねぇってのに……! あと5秒しかねぇんだぞっ!?
「5……! 4……! 3……!」
カウントダウンは、すでに建物を揺らすほどの大歓声になっていた。
俺の身体も、絶望でビリビルと震える。
「も……もう……! ダメだああああああああーーーっ!!」
俺の二度目の断末魔……!
しかし、まさか……まさかまたかき消されようとは……! 思いもしなかった……!
ドガッシャアァァァァン!
まわりの機材をなぎ倒すようにして、謎の人影がステージに転がり込んできた。
森に落雷が落ちたような轟音と衝撃が、あたりを包む。
乱入者の正体はわからないが、新たなる燃料投下となった。
このまま終わらせるのはもったいないと判断されたのか、リスナーの投票がピタリと止まる。
リンの足元にうつ伏せになったまま、虫の息になっている人物……それは……!
「し……シキちゃん!?」
この時ばかりはさすがにリンもダンスを止め、湯気のたちのぼる身体で三つ編みの少女を助け起こす。
「はぁ、はぁ、はぁ……お、おふたりのこと、外でずっと、見ていました……。
みんなからどんなに反対されても、ひどい目にあわされても……立ち向かっていく三十郎さんと、リンリンさんを見てたら……いてもたってもいられなくなっちゃって……」
病床にいるようにぐったりした文学少女は、懸命に言葉を紡ぐ。
ここまで走ってきたんだろうが、運動はあまり得意ではないんだろう。すでに死にそうだ。
「それで、助けに来てくれたの?」
「はい……。
それにこの階の争いは、私がフミミ先生にちゃんと言わなかったから、起こったこと……。
私だけ見ているだけなんて、できなかったから……!」
リンに肩を借り、シキはよろよろと立ち上がる。
身体はまだ疲労物質に支配されているようだったが、表情はしっかりと自我を取り戻していた。
「先生……! 私、はあれむ同好会に入りたいです……!
はあれむ同好会に入って、三十郎さんとリンリンさんを助けたい……!
それが今の、私の本当の気持ちです……!
どうか、同好会の開設を、許可してください……お願いします…………!」
「お……大西シキ……さん……」
キツい三角眼鏡と、分厚いレンズ……教育ママのようだった瞳を、真ん丸にしているフミミ先生。
「わ……私、決めました……! もう、自分を偽るのをやめます。
すぐにはうまくできないかもしれないけど、少しずつ……自分を出していきたい……!
本当の自分を、みんなに見てもらいたい……!」
上目遣いに訴えかけていたシキは、親に初めて抵抗した子供のようだった。
後には退けない様子で様子で、「うんっ」とひとり頷く。
そして、リンからひとり立ちすると……眼鏡に両手を添え、ゆっくりと外す。
三つ編みに手を伸ばし、結び目をしゅるりしゅるりと解いていく。
いつも、うつむきがちだった顔が……ついに昇った陽のように、上を向く。
かつての伏せ目はそこにはなかった。
パッチリと見開いた、銀河のような瞳が光を放つ……!
美しい黒髪をパアッと両手で跳ねさせると……空気を含み、羽根のように広がる。
それはさながら……サナギが蝶に羽化した瞬間であった……!
「みなさん、こんにちは……! 秋冬ハルカですっ……!」
朝の高原を思わせる、澄みきった風のような美声が吹き抜けた。
大人気アイドル声優、秋冬ハルカ……!
女神とも呼ばれた少女が……俺のステージに降臨した……!
コメント欄は、超高速スクロール。
画面は、ドット抜けのようなわずかな点が流れていくほどに……白い文字で埋め尽くされていた。
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