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「……どうやら三十郎くんの味方に、有名な踊り手さんがいるようだね。

 こっちまで見とれちゃうような、素敵なダンスだ」


 フクオはゲームのコントローラーをネチネチといじり倒しながら、踊り手のスカートに「もっとめくれろ」と念を送るようなじっとりとした視線を向けている。


 場所が場所なら、通報レベルの気持ち悪さだ。


「でも、ますます三十郎クンは負けられなくなっちゃったね。

 もし三十郎クンが負けちゃったら、彼女も一緒にプールに沈んじゃう……!

 全身ビッショビショになっちゃうよね!

 あんな薄いブラウス、スッケスケになっちゃうよぉ!?」


「おい、ちょっと待て、プールに沈むのは俺かお前、どっちかだけじゃねぇのかよ!?」


 俺の抗議に、すっとぼけた様子でカメラに向かって問いかけるフクオ。


「あれ? 言ってなかったっけ?

 協力した人がいたらいっしょに罰ゲームを受けてもらうのは当然じゃないか、みんなもそう思うよね?」


 コメント欄にはリンの透けブラ見たさなのか、こぞって賛同する意見が並んでいる。

 あまりの多さに目で追いきれないほどだった。


 得票数も、また追い抜き返されちまった。

 天秤が傾くように、俺の票がみるみるうちに吸い取られていき……ヤツの票は二千票を越えた。


 くそ、たった一言でリスナーどものエロ心を刺激して、逆転してきやがった……!

 さすが動画配信をしてるだけあって、弁が立つな……!


 あれ? でも……リンってブラとかしてんのか?

 と思い、俺のすぐ前で動き回る背中を凝視してみると……肩甲骨の下あたりに、うっすらと紐のようなものが見えた。


 ああ、今はそんなことどうてもいい。それよりもヤベぇぞ……! これじゃ、手柄の横取りじゃねぇか!

 リンが踊って喜ばれれば喜ばれるほど、ヤツの票に繋がる……!


 何か考えねぇと……! 踊るのはリンの役目だから、俺がバシッと言ってやって、奪われた流れを取り戻すんだ……!

 でも、なんて言えばいいんだ!? なんて言えば、エロいヤツらの目を覚まさせられる……!?


 ……。

 そんなの、あるか!?


 ふと敵方のほうを見ると、いつの間にかフクオの後ろに司書の姿があった。

 撮影機材の外からだと勝負の行方がわからないので、堪えきれずに見に来たんだろう。


 もはや勝利を確信したように、小さくガッツポーズを繰り返している。

 アイツ、ただただお堅いヤツかと思ってたが……ムッとした時といい、たまに感情を出す仕草は可愛いんだよな。


 しかしリスナーはそうではないようで、


『ババアがおるw』


『年甲斐もなくキター!』


『ババアの背後霊www』


 と容赦ない感想が並んでいる。


 フミミ先生はそれを目にした途端、子供のようにはしゃいでいたことを恥じ入るように縮こまってしまった。


 俺が思うに、格好が地味だから老けて見えるんだろう。

 でも顔はババアという程ではない。実年齢は知らねぇが、まだ二十後半くらいの見目だ。


 だが、ネットというのは『16歳で熟女、18歳でババア』の世界。

 書き込んでるヤツらも本心ではなくネタのつもりなんだろうが、あの司書にシャレが通じてくれることを祈るばかりだ。


 それよりも……相手の画面にババアが映ってようが何だろうが、こっちの不利は変わりねぇ。

 このバトルが大手のまとめサイトあたりでシェアされたんだろう、ここに来てリスナーが爆発的に増えてきた。


 『今北産業』『1万でJKおっぱいうp』などのやりとりが飛び交っている。

 DJフクちゃんの票数が、もう7千票を越えちまった。


 俺の票数は、100足らず……! その差、70倍……!

 くそ、ウダウダやってるうちに、何もしねぇままタイムリミットじゃねぇか……!

 でも……相変わらず何にも出てこねぇ……! も……もう……ダメなのかっ!?


 敵の票数が、秒数のカウントダウンのように爆増している。

 1秒につき、100票。あと、30秒足らず……!


 脇目もふらず汗を迸らせながら、絶やさぬ笑顔で懸命に踊り続けるリン。

 まさか自分が下衆な男どもの欲望によって、これから汚濁にまみれたプールに叩き込まれるだなんて想像すらしてないだろう。


 水に浸かったら、男だってのがバレちまうかもしれねぇってのに……!

 そうだ、リンだけでも逃がせば……せめてコイツだけでも辱めにあうのを避けられれば……!


 でも、口で言ったところでコイツは逃げないだろう。先のリッコとの戦いで明らかだ。

 ってことは、ここは力ずくでも……!


 と思って立ち上がろうとしたが、シートベルトに邪魔される。

 外そうとしたが、ガッチリとロックがかかっていてびくともしねぇ……!


 バックルをガチャガチャやってると、隣から軽薄さに拍車がかかった声がした。


「三十郎くん、シートベルトは勝負が終わるまで、ロックされる仕組みになってるんだ……!

 でも、もうすぐ外せるよ、そう、プールの中で……!」


 フクオは口だけを歪めた細目で、俺を見ていた。


「実は、罰ゲームを盛り上げるために、プールにいっぱいヒルを放してあるんだ……!

 ウジャウジャいるから、あがったらすぐに服を脱いだほうがいいよ……!

 今踊ってる、かわいいクラスメイトと一緒にね……!

 プールにもカメラが設置してあるから、その姿もちゃんと全世界に配信してあげるよ……!」


 大仏のような薄目がカッと見開いて、俺は戦慄した。

 まるで貴重な実験動物を得た、マッドサイエンティストみてぇな顔だったからだ……!

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