098

 フクオは発売前のゲームソフトのパッケージを、惜しげもなく開封。

 中からディスクを取り出し、ゲーム機にセットした。


 コントローラーを握るその姿を、ショーウインドウのトランペットに憧れる少年のように眺めていると、


「ちょっと、三十郎! なにボーッとしてんの!」


 外野のリンから注意されて、正気に戻る。


 ああ、しまった。羨ましすぎて、ただのリスナーになっちまってた。

 しかし相手の戦法はわかった。コイツ、ゲーム実況者なのか……。


 とはいえたいしたことないだろうと思ってたが、まさか最新ゲームソフトのフラゲ実況とは……!


 大人気ソフトの実況となると、かなりの注目が集まる。

 誰もが発売を心待ちにしている最新タイトルならなおさらだ。


 しかし発売前のゲームソフトの動画配信は、利用停止になる可能性が大だ。

 それを覚悟のうえでやってんのか!?


 しかし、リスクを背負っているだけあってインパクトも絶大だった。

 噂を聞きつけたのか、リスナーがガンガン増えてってる。


 期待に満ちたコメントで、もう画面が見えねぇ。

 得票もすでに千票に近づきつつある。俺はまだなんにもしてねぇからゼロのまんま。


「早く! 三十郎も何かやんなよ!」


 と外野から急かされたが、何をやればいいんだ?

 俺は身ひとつで、何も持ち込んでねぇんだぞ……!


 考えろ、考えるんだ、三十郎……この俺に、何ができる?


 特技なんてねぇし……。そうだ! 妖精だ! アイツを見世物にすれば……って、いないんだった!

 くそ、ちょっと前に確認したばっかじゃねぇか! 俺はどんだけアイツに頼ろうとしてんだよ!?


 頭を抱えていると、思いも寄らなかった所から助け舟がやってきた。


「おい、三十郎! 自分が演舞でもしてやろうか!?」


 呼びかけに顔をあげると、ステージの外でヌンチャクを振り回すリッコがいた。


 そ……そうだ! 俺は……ひとりじゃねぇんだった!


「リンっ! ちょっと、こっちに来い!」


 手招きすると、「えっ、ボク?」と自分のことを指さすリン。

 俺が頷くと、先の戦いのダメージを感じさせない軽やかなステップでステージあがり、俺の元へとやって来た。


「お前も動画配信してただろ! 踊れ! 踊ってくれ!」


「えっ、いいけど……コスチュームないよ?」


「構わん! 今のお前は、初回特典のスペシャルコスチュームに近い格好だ!

 むしろそのほうがいい!」


 ゲームのプレイヤーでないリンは俺の言っている意味が理解できないのか、ひたすら小首をかしげていたが、


「うーん、よくわかんないけど……でも、わかった!

 三十郎がそう言うなら! 踊ればいいんだね!?」


「おう、頼む! 俺も一度、生でお前のダンスを見てみたかったんだ!」


 俺は気合を入れるように、リンの腰をパンパンと叩く。

 生のダンスを見てみたかったというのも、嘘偽りない気持ちだ。


 妖精が側にいないのに、こんなに素直になるとは……なんでだろうな。

 ふとヤツのホームポジションである胸ポケットを見てみたが、相変わらず空っぽだった。


 でも、いつもの虹色に輝く鱗粉は、ワイシャツを不自然に彩っている。

 もしかしてこの残り香みてぇなヤツのせいかもしれねぇな。


「どうしたの? 三十郎?」


 リンが不思議そうに覗き込んできたので、俺は顔を上げた。


「あ、いや、なんでもねぇ、それよりも、がんばれよ!」


 さらなる励ましを受けたリンは、心の底から湧き上がってきたような笑顔を浮かべる。


「……うんっ! ボク、やるね!」


 男たちの脈を、否が応にも乱れさせる最高の表情のまま……片足を軸にクルッと回転、スカートをなびかせつつリンはカメラのほうを向いた。


『うおおおおおおお!?』


『天使キター!』


『なになに、ぐうかわ!』


『もしかして、ベルちゃんじゃね?』


『マジだ、レイヤーのベルちゃんだ!』


 コメント欄が塗り替えられる。


 そうだ、よく考えたらリンって『ファイナルメンテナンス』のレイヤーで有名だったんだ。

 今のリスナー層にはストライクじゃねぇか。


 フクオがプレイしているゲームのBGMにあわせ、リンがステップを踏んでリズムを取りはじめた途端……ゼロだった俺の票カウントが勢いよく回りはじめる。

 しかもフクオの票が吸い取られるように減っていっている。投票をやり直したヤツがいるんだ。


 よし……いいぞ! このまま一気に逆転だ……!


 これには敵も焦っているだろうと思ったが……ヤツの福顔は、崩れていない。

 むしろさらに不気味さを増し、まるで禁断のペットを彷彿させるほどになっていた。

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