096
「私は、ハーレム同好会の開設に反対しています。
勝負事は好きではありませんが、やむをえません」
毅然とした態度で述べる司書。
この階の敵は、コイツか……! と思っていると、リンがサッと手を上げる。
「はい! 滝沢先生は、なぜハーレム同好会に反対なんですか?」
ちょうど俺が聞こうと思ってたことを聞いてくれた。
「私は文芸部の顧問をやっているのですが、唯一の部員である大西シキさんを何者かが別の部に勧誘しようとしている噂を耳にしました。
大西シキさんにお話を伺ったところ、ハーレム同好会に転部しようか迷っていると教えてくれたのです」
解説と呼べるほど淀みのない説明。
リンとリッコは揃ってウンウンと頷きだす。
「……ああ、わかりました。
ひとりしかいない部員を引き抜かれると、文芸部が存続できなくなっちゃうからですね」
「部の貴重な戦力を奪われる辛さ……わかります。わかりますぞ……」
俺は首を縦に振ることはしなかったが、事情は理解した。
ようは、リッコと同じってことか。
でも、まさか先生まで反対に名乗りをあげてくるとは……。
先生陣はルナナが抑えてくれたと思っていたが、図書館の司書までは想定外だったんだろうな。
「文芸部はこの学園でも長い歴史のある部活……私が顧問の代で終わらせるわけにはいきません!
それも、わけのわからない同好会に生徒を取られたからだなんて、OBの方々に顔向けができません!」
俺は図書室で怒られたことを鑑み、論理的な抗議を試みる。
ネチネチモードに入られると厄介だし、うまくいけば勝負を避けられるかも、と思ったからだ。
「せ……先生、部活動の選択は生徒の自由ではなかったのですか?
文芸部がピンチなのはわかりますが、その自由を奪う権利はないはずです。
それにわけのわからない同好会とおっしゃってますが、ハーレム同好会にはすでに先生方の承認も頂いてます。
それなのに反対されても……」
「おだまりなさいっ!」
俺の流れるような反論は、感情的な言葉で遮られてしまった。
「自由というのは、責任のとれる大人にのみ許される言葉です!
まだ未成熟な子供は大人がしっかりと正しい道に導く必要があります!
大西シキさんは、本と空想が好きな純粋な女の子なんです!
ハーレムなどといういかがわしい道に誘い込むなど、この私が断じて許しません!
だいたいあなた、まだわからないのですか!? 図書館であれほど……!」
止める間もなくネチネチモードに入りやがった。
長くなりそうだったので、俺は先生の説教を食うほどの勢いで叫んだ。
「しょ……勝負! 勝負だ先生っ!
その話は先生が勝ったら、じっくり聞いてやるよ!」
ムッとした表情になるフミミ先生。
先に俺の言葉を遮っておきながら、いざ自分がやられると不機嫌になるなんて……理不尽極まりなかったが、ふくれっ面は不覚にも可愛いと思ってしまった。
「むっ……! いいでしょう。でも、勝負をするのは私ではありません。
私が副顧問をやっている放送委員の生徒が代わりに戦ってくれます。
……
両手を頬に当てて拡声器みたいにしながら、呼びかける司書。
リビングにふたつあるソファの右側には、いつの間にか見知らぬ人物が座っていて……バカっぽい仕草で両手を挙げていた。
「ハーイ! シャンシャンチーン! 福の神チャンネルの、DJフクちゃんだよ!」
青白いポッチャリ顔に、糸のような細目で口を閉じたまま笑うという……胸焼けがするような、気持ちの悪い含み笑顔。
福の神っていうより邪悪な笑福亭鶴瓶みたいな男が、俺たちというよりはソファの前にあるカメラに向かって何やらやりだした。
「『チュブチュブ』のみんな、スペシャル生放送を見てくれてありがとう!
今日はスペシャルにふさわしい企画を用意したよ!」
『チュブチュブ』……日本だけでなく、世界でも人気のある動画共有サービスだ。
正式名称は『チュブチュブ動画』だが、海外では『チュブチュブ』と呼ばれ、利用者の間ではその愛称が定着している。
リンもこの『チュブチュブ動画』で踊ってみた動画を配信してるんだ。
DJフクちゃんと名乗る男はなおも、俺たちを無視して続ける。
「今日やってみるのは、『負けたら地獄が待っている、恐怖の生配信バトル』だ!
後ろに空が見えるよね? 部屋の壁紙じゃない、ホンモノだよ!」
ソファに座ったまま、親指で背後を示すフクオ。
その先にある壁は取っ払われているので、室内と外を遮るものはなにもない。
ヤツの言うとおり、赤ちゃん部屋の壁紙みたいな雲の浮かんだ青空があるだけだ。
「DJフクちゃんが座っているこのソファは、いつもの恵比寿家具のヤツなんだけど、今日は特別な仕掛けがあるんだ!
生配信バトルに負けると、ジェットコースターみたいな勢いで後ろに飛んでっちゃうよ!
それで遠くにある学校のプールにボチャン、ってわけ!」
たしかに、この廃墟ビルから少し離れた所にはプールがあるが……。
でも、すぐ隣にあるわけじゃなくて、だいぶ距離があるぞ。
そこまで飛んでくってことなのか?
「プール開きはまだだから、藻だらけのプールに飛び込んじゃうんだよ?
イヤだよねー! でも大丈夫!
みんなの応援があれば、DJフクちゃんは絶対に負けないよ!
じゃあ……誰がプールに飛び込むのかっていうと……!」
ここでようやくDJフクちゃんことフクオは、俺たちに向かって手招きをした。
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