095 開部の儀 2階

 何も言えずに固まっていると、スーツの女が厳しい顔でツカツカと寄ってきた。


「え……エレベーターを使用してはいけません! 階段を使って、各階の敵を倒してあがってきてください!」


 ややヒステリック気味に、俺からルナナを引き剥がす。


「綺月先生も綺月先生です!

 先生は『開部の儀』の人質なんですから、牢のベッドで大人しく寝ててくださいっ!」


 俺は横目で牢屋を確認する。

  牢屋の中にはレースで覆われた天蓋つきのベッドがあり、上のほうには横断幕みたいなのがかかっていた。


 幕には、


『悪い魔女に、眠ったままになる呪いをかけられた囚われのお姫様です、彼女を自由にしてください。

 牢を閉じる錠前は、間違った鍵を使うと二度と開かなくなります。』


 と書かれていた。……何だそりゃ。


 開けっ放しの格子扉の前には、ごつい錠前がふたつ転がっていた。

 スタッフの女はルナナをぐいぐいと押して牢屋の中に入れると、錠前を拾い上げてガチャガチャと扉を施錠していく。


「おかしいなぁ……なんでだろ?

 綺月先生と話してるうちに、いつの間にか開けちゃったのよね……。

 綺月先生と話してると、なんか調子狂っちゃうわ……」


 などとブツブツ言っていた。


 再び囚われの身となったルナナは名残惜しそうに、「サンちゃん、助けにきてね~」と手を振っていたが、スタッフの女に睨まれて渋々とベッドの上に横になる。

 ながいこと眠っているお姫様ふうに、腹のあたりで手を組んで目を閉じていた。


「さぁさぁ、あなた方も戻って戻って! 1階に戻ってください!」


 俺たちもエレベーターに押し戻されてしまった。

 仕方なく「一」のボタンを押して元の階に戻る。


「……なんか、ネタバレを見ちゃったような気分だね」


 リンが、ぼそりとつぶやいた。


 でもまぁ、『開部の儀』でやるべきことはわかった。

 1階から3階までの各フロアにいる敵を倒し、鍵を手に入れればいいんだ。

 それで4階の牢屋にある錠前を開けられるんだろう。


 眠りについたお姫様ってのがよくわからんが……それはまぁ、なんとかなるだろう。

 などと考えつつ、正規の手順らしい階段を使って2階へと向かうと……光と、風を感じた。


 2階の部屋は1階と同じ広さだったが、階段の向かい側の壁がブチ抜かれており、外の景色が広がっていた。


 なにやら建込みがすごい。

 階段から先の室内はステージみたいに一段高くなっていて、アメリカのホームドラマに出てきそうなリビング風のインテリアがある。


 ひときわ目を引くデカいソファがふたつ、隣り合うように置かれていて、そこに座った人物を撮るための撮影機材が取り囲んでいる。

 MCとゲストのソファどうしが向い合っていない、アメリカ版『徹子の部屋』っぽいイメージだ。


「なんだこれ……次はホームドラマの撮影勝負でもさせられんのか?」


「なんか、楽しそうだね!」


「アクションシーンなら任せておくがいい」


 俺とリン、そしてリッコはそれぞれの感想を口にする。


「リッコ……ホームドラマのアクションシーンって何だよ?」


「ん? 勝った者がテレビのチャンネル権を得る……家族の団欒だんらんではよくあることだろう」


 どんな家庭かは知らねぇが、本当にアクションシーンみたいなんだろうな。

 アクション俳優みたいなコイツが言うと説得力があるが……いまどきチャンネル争いって……。


 呆れ気味に見ていると、リッコは急に鋭い顔になった。


「……何者だっ!? 隠れてないで出てこいっ!」


 誰かの気配を感じたのか、サッと構えをとるリッコ。

 隣にいたリンも親のマネをする子供のように、ササッと構えた。


 師匠と弟子、ふたりの視線の先を追う。

 撮影セットの物陰から姿を現したのは……予想外の人物だった。


「……来ましたね。寿三十郎さん」


 銀行員みたいに整然とした声で、俺のフルネームを呼ぶ……編み上げた髪とスーツのシルエット。


 その地味な出で立ちの中でも特出している、胸の膨らみ……!

 OLのお局様みたいに、冷たい表情……!


 教育ママみたいな吊り上がったフレームの、キツネ眼鏡……!

 弦についたアクセサリーみたいなシルバーのチェーンが、持ち主の苛立ちを反映するかのように揺れている……!


 地味なくせに、妙に印象に残る女……!

 図書館の司書……滝沢フミミ……!

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