094
「よし、せっかくだ……偉大なるブルース・リー先生の魂を受け継ぐこのフルール・リッコ……貴様の戦いを最後まで見届けてやろう」
余計なことを言い出したので、俺は思わず「えーっ」と声に出していた。
「いや、リッコ……別にいいよ、部活があるって言ってなかったか?」
俺は言い終えたところで、先輩を呼び捨てにしたうえにタメ口をきいてしまったことに気づいた。
もう、別にいいか。
「華一も、この男……三十郎に同行するのだろう?
であるならば、これから先も、うまくいけば華一のパン……あ、いやいや」
コホン、と咳払いを挟み、
「は……華一の保護者として、見届ける義務があるのでな」
いけしゃあしゃあと言ってのけやがった。
「まぁ、キャプテンが同行していただけるなら、心強いですけど……」
捨て犬を拾ってきた子供のような顔で、チラと俺を見るリン。
はぁ、しょうがねぇなぁ……。
「俺は別に、お前がいいならいいよ」
セクハラに遭うのは俺じゃないしな。
それに、ここで下手に断って妨害でもされると厄介だ。アイツ、なんか正気じゃねぇもん。
「よぉーし、決まりだな! では参ろうか!」
大女は、散歩に出かける土佐犬のようにドスドスと寄ってきた。
いろいろあったが、1階は制覇できたようだ。
部屋の隅に階段があったのでそこから先へ進もうとしたが、リンが引き止めるように俺の服の袖を引っ張った。
「ねぇねぇ三十郎、あれってエレベーターじゃない?」
リンが示す先は階段の向かい側の壁で、そこにはたしかに昔のエレベーターみたいな金属のアコーディオンドアがあった。
ここは4階建てだから、エレベーターがあっても不思議じゃねぇか。
「なんだ、アレで一気に上まで行けるじゃねぇか」
俺は段差にかけていた足を降ろし、エレベーターの前に向かう。
「上」と彫り込まれている、やや錆び気味の金属ボタンを押してみる。
見るからに古い形なので、どこかが光ったりすることもないようだ。
しばらくして、チーンという音ともに扉がスライドする。
中は10人くらい乗れそうな広さだった。
ドヤドヤと乗り込む。リッコが乗ったときに軋んだ音がしたが、大丈夫そうだった。
操作パネルには6つのボタンが並んでいたが、一番上と一番下のボタンは調整中になっていて押せなかったので、上から2番目にある「四」と示されたボタンを押す。
扉が閉まり、エレベーター特有の上昇感と、ガタつく揺れを感じさせたあと、チーンと再び扉が開く。
やや不安はあったものの、無事4階に着いたようだ。
エレベーターから部屋に出てみると……構造は1階と同じようだったが、何やら物が少し置かれていた。
中でも目を引いたのは、黒い鉄格子の牢屋。なんで部室の中に牢屋があるんだよ。
牢屋の中には誰もおらず、格子扉は開け放たれている。
開いた格子扉の先を目で追うと……ふたりの人影があった。
ひとりは外にいたのと同じような黒いスーツの女だ。スタッフだろう。
もうひとりの女は……なんと、ルナナだった。
純白のひらひらしたウエディングドレスに身を包んでいるせいで、一瞬誰かわからなかった。
なんでこんな所にいるんだ?
それになんで、スタッフの女と楽しそうに談笑してるんだ?
「……あ! サンちゃんだ! サンちゃーん!」
俺に気づいたルナナは、引きずるほど長いドレスの裾を摘んでトトトトと駆けてきた。
家でもしょっちゅう転んでる底抜けのドジのくせに、そんな格好で走るんじゃねぇよ、と思っていたら、やっぱり手前で躓いた。
俺は飛び出して抱きとめてやる。
豊かな胸をエアバックがわりにしながら、腕に飛び込んでくる花嫁。
「うふふふ! 見て見てサンちゃん、似合う?」
レース編みみたいな白のドレスは……昨日、俺がルナナに着せていたものとソックリだった。
「なんだか急に着たくなっちゃって……せっかくだから『開部の儀』に着ていこうかなって、買ってきちゃった!」
パアッと咲いた無邪気な笑顔。
エンゲージリングの宝石のような、澄んだ瞳で俺を見つめる。
俺は言葉に詰まった。
コイツが、あまりに綺麗だったからだ。
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