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「ホアアアアアアアアッ……!」


 雄叫びをあげ、挑みかかっていくリン。

 怪鳥というより、自分を少しでも強く見せようと懸命に威嚇している小鳥みたいな微笑ましい声で。


「アチャッ!」


 リンの鋭いローキック。サド女は足を曲げてそれを受ける。

 そしてもう一発ローキック、続けざまに素早く踏み込んでジャブ。手でさばくサド女。


 てっきり俺は、飛び蹴りとか回し蹴りとかの大技を繰り出しあうんだろうと思っていたんだが、予想外の地味な開幕だった。


 パアン! パアン! と衣服をはたきあうような、乾いた音が響く。

 ツナギを着ているサド女と違ってリンは制服なので、動くたびに上着の裾やスカートが翻る。


 戦い始めて動きにくいことに気づいたのか、距離を取って上着を脱ぎ捨てた。

 白いブラウス姿になる。


 すり足で再び距離を詰めるリン、迎え撃つサド女。

 スニーカーとカンフーシューズがキュキュッと鳴る。


 これだけ見るとバスケットのワン・オン・ワンの試合のようだが、奪い合うのはボールではなく、お互いのダメージ。


 ローキックとジャブの応酬が再開する。

 お互い一発をもらうのを警戒しているようで、フェンシングの試合のような牽制のやりあいが続く。


 場を支配する緊張感。

 俺は息が詰まりそうになっていたが、それでも目が離せずにいた。


 なんたって、リンが負けたらマジで終わっちまうからな。

 俺はちょっと油断したせいでやられちまったが、リンにはがんばってほしい。


 ……って、なにボケッとしてんだ俺。なにか手助けしねぇと。


 後ろから襲いかかって加勢しようかと思ったが、フルチンだとただの変質者だ。

 それをもし見られでもしたら、我が学園の変態番付に載っちまう。


 あっ、そうだ、こういう場合に頼りになるのは、妖精の洞察力だ……!


「おい、テュリス! あの女の弱点を……!」


 と胸ポケットを見たが、空っぽだった。

 そうだ、テュリスは朝からいないんだった。


 アイツ、どこに行ってやがるんだ……? 

 こんな事になるんだったら、探してでも連れてくりゃよかったよ……!


 いねぇヤツに期待してもしょうがねぇ、となると、俺がアドバイスしてやるしかねぇか。

 とりあえず、敵の気を散らすためにサド女に声をかけてみた。


「おい! リツコ! なにやってんだ!」


 相手のペースを乱せるかと思い、わざと呼び捨てにしてみると、


「リツコではない! リッコだ!」


 と違うところで怒られてしまった。


 そ、そうだったんだ……って、怯んでる場合じゃねぇ。


「り……リッコ! チマチマやってんじゃねぇぞ! ビビってんのか!?」


 ヤジってやったが、リツコ……いやリッコは、チラともこちらを見やがらねぇ。


「……ジークンドーのジーは、相手の攻撃を防ぎ、さばくという意味……。

 大技であればあるほど、それをさばいた時の相手のスキは大きい。

 そこに強烈なカウンターを放てば、一撃で勝負が決まる……!

 貴様のようなシロウト相手ならともかく、同じ使い手である華一への大技は、命とりに繋がる……!」


 無視されるかと思ったが、ちゃんと説明してくれた。

 このあたりは、なんかキャプテンらしい。


 なるほど、下手に大技を振るうとカウンターをもらっちまうってことか。

 ジークンドーってアチャアチャ叫んで殴る蹴るしてる印象しかなかったんだが、そういう一面もあるのか……。


 でも、もしかしたら、そこに突破口があるかもしれねぇ。

 俺はあぐらをかいて、腰を据えてしっかりとリッコの動きを観察する。


 テュリスであれば、相手のちょっとした仕草からズバリと図星を指摘するんだ。

 ヤツにできて、俺にできないワケがねぇ。


 リンとリッコの同門対決。

 最初は互角に見えたが、じょじょに体格の差が現れだした。


 素早くパワフルなリッコの攻撃は、牽制とはいえリンの手や足を腫れあがらせつつある。

 そのせいか、リンのジャブとローキックはだんだん鈍くなっているようだ。


 そしてついに、放ったジャブを受け流され、パアン! と頬にビンタのような裏拳をくらってしまうリン。


 振り乱した髪とともに、汗がほとばしる。

 リッコはそれを大口を開けて受け止め、舌に乗った雫をごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。


「いい……いいぞっ……!

 苦しみ悶える顔から絞り出される汗……! 最高の食前酒だ……!」


 最高級のワインを味わったかのように、恍惚の表情を浮かべている。

 俺はゾッとした。


 や……やっぱりコイツ、変態だっ!

 俺に対してだけかと思ったが、そうじゃねぇ、リンに対してもロクでもねぇことを考えてやがる……!


「興が乗ってきた……! 次は、サラダ!」


 瞳孔の開いた目で接近し、顔面めがけてパンチを放つ。


 リンのガードをすり抜け、頬に拳がめり込んだ。

 端正な顔が、突風を浴びたように歪む。


「そしてスープ!」


 逆の拳が腹を突き上げる。

 リンの小さな身体がくの字に曲がり、浮き上がった。


「続けて魚料理……アッ、チャアアッ!」


 映画でよく観る横蹴りが、胸にクリーンヒット。

 やられ役かと思うほどの、見事な吹っ飛びを見せる。


 ズダアン! と床に叩きつけられるリン。

 リッコはなぜかしゃがみ込み、なにかを覗き込むような仕草をしていた。

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