089
「よし……おしゃべりはここまでだ。
自分にはシロウトを殴る趣味はないが、未来の女子部のエースのためだ……覚悟はいいな、三十郎?」
「俺にも女を殴る趣味はない……そっちこそ覚悟はいいか?」と返そうかと思ったが、なんだか被ってるような気がしたのでやめておいた。
それよりも……ちょっと気になることがある。
「あ、あの……」
「なんだ? 怖気づいたか?」
「ヌンチャクは、ナシにしてもらえませんか……」
俺が恐る恐る言うと、キャプテンは自分の脇に挟まっているモノを見て「あっ」となった。
「ついクセで……大丈夫、これは使わないから安心しろ」
そそくさとヌンチャクをしまう。
良かった……ヌンチャクって当たると痛えんだよな。
誕生日に買ってもらったオモチャのヤツでも自爆すると、悶絶するくらいの痛みだってのに……あんなマジのやつをくらった死んじまうよ。
でも、これでヤツの勝ちはなくなった。
そのお礼ってわけじゃねぇが、なるべく苦しまずにKOを……でも、女の顔を殴るわけにはいかねぇから……腹でも……あ、いや、腹もマズいか。
アレコレ考えていると、キャプテンが踏み込んできた。
「アチャア!」
えっ、と思う間もなく、拳の出っ張った骨が、俺の眉間をバチン! と打った。
顔の真ん前で爆竹が破裂したみたいな衝撃に襲われ、たまらずもんどりうって倒れる。
い……痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
鉄釘でブッ刺されたみたいな、命にかかわる激痛。
鼻血が出なかったのが不幸中の幸いというか、こんだけ痛ぇんだったら、いっそ出てくれたほうが良かったかもしれない。
鼻を押さえて転げ回っていると、
「ホアッ……チャアア!」
腹に、サッカーボールキックがめりこんだ。
ドムン! と太鼓を変な叩き方したみたいな音がして、強制的に息を吐かされてしまう。
「うげえええええ!」
食ったばかりの昼メシが、胃の奥からせりあがってくる。
同時に、エリカたちにボコボコにされたときの嫌な思い出もこみあげてきた。
のたうちまわりたい気分だったが、走馬灯のような記憶のおかげでさらなる追撃を感じとれた。
咄嗟に身体を胎児のように丸める。
「アチャッ! アチャッ! アッチャアア!」
威嚇する怪鳥のような気合いとともに、上から容赦なく蹴ってくるキャプテン。
「華一を、汚らわしい道に誘い込む外道めっ!
あの健気で、溌溂とした! ヒマワリのような華一リンをっ……!
なにがハーレムだっ……! 貴様はっ、足蹴にされ続けるだけの、ただのボールだっ!
ホアッ……チャアアアアアッ!」
ゴルフクラブをフルスイングしたような、強烈な蹴りが背中に炸裂する。
インパクトの瞬間、背骨がミシッと軋んだ。
脊柱がバラバラに砕け、散弾みたいに腹から飛び出すかと思うような衝撃。
もはや苦悶の声すらあげられず、俺はまさにボールのように浮き上がる。
数メートル飛ばされ、壁際に叩きつけられた。
飛びそうな意識を必死になって繋ぎとめる。
や……やべぇ……なにがなんだかわからねぇうちに、やられちまった……。
女だと思って油断してる間もねぇくらい、一瞬だった……。
ケンカしてるときって、興奮してるから痛みを感じねぇって言うが……そんな脳内物質で誤魔化せるようなモンじゃねぇ。
痛みを与えるのが目的ではなく、頭めがけて金属バットをフルスイングするような……相手を破壊するための攻撃……!
キャプテンの勝利を祝福するかのような歓声が、外から聞こえる。
部屋に窓はあるものの、倒れている俺の姿は外からは見えないはずなのに……どっかからモニターしてんのか?
へばっている俺を嘲笑するような声がまた、気力を奪い去っていく。
わずか1分にも満たない出来事だというのに、俺はもう、肉体的にも精神的にもへし折られていた。
動けずにいると……こめかみをグリッと抉るよう痛みが襲う。
俺の頭の上には、カンフーシューズが乗っていた。
「リー先生の教え、超短期決戦……これが、ジークンドーだ」
悠然と、俺を見下ろすキャプテン。
「さて……勝負は決した、貴様のハーレム同好会の野望も、これで終わりだ」
「ぐっ……お……俺は……まだ、負けを認めてねぇぞ……ぐはっ!?」
俺の言葉が終わるより早く、鋭い蹴りが突き刺さる。
「そうか、だが自分は貴様とガマン比べをするつもりはない。
華一が待つ、楽しい部活があるのでな。
このまま貴様の身体を窓から放り出してやろう、それで終わりだ」
や……やべえ! 殴られても蹴られても負けを認めなきゃいいんだと思ってたが、リングアウトを狙うっていう手があったか……!
こ……このまま終わってたまるかっ!
俺は恥も外聞もなく、這いつくばって逃げ出す。
しかし、あっさりと捕まってしまった。
「逃げてもムダだ」
ガッ、と後ろからズボンのウエスト部分を掴まれてしまう。
「ホラ、高い高~い」
キャプテンはおちょくるように言いながら、俺を片手で持ち上げた。
どっと、外から笑いが起こる。
「う……うわああっ!? や、やめろっ!」
身体が床から離れたので、俺は両手をバタつかせて暴れた。
気分は首根っこを掴まれた猫のようだ。
「ふふふふふふ」
ま……まるで赤ん坊をあやすみたいに笑ってやがる……!
こ……こいつ……サドかっ!
「きっと、貴様はこう思っていたのだろう? しょせんは女、楽勝だと……。
そんな女に手も足も出ないままやられて、どんな気分だ?」
「く……くそっ! 離せ! 離せえええっ!」
「そうか、では、お望みどおりにしてやろう」
サド女はそう言うなり、掴んでいたズボンを強く引いた。
ズボンはズルリと脱げ、俺はカゴから放り出されるウナギのように床に投げだされた。
下はパンツ一枚なので、やたらとスースーする。
「ふふふ、いい格好だ、コイツを返してほしいか? ホレホレ」
サド女はニヤニヤと笑いながら、奪い去ったズボンをマタドールのように揺らす。
「あっ、か、返せ!」
と、飛びかかるより早く、俺のズボンは窓の外に向かって投げられていた。
さすがにコレには……温厚な俺も、ブチギレた……!
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