088 開部の儀 1階
かつてのハーレム同好会。その部室の1階に足を踏み入れる。
室内は薄暗く、がらんとしており、何もなかった。
廃墟なんて呼ばれてるわりに、中はキレイだ。
普通はカビくさいもんだが、かわりにワックスのようなニオイが鼻をつく。
どうやらこの儀式のために、わざわざ掃除がなされたみたいだな。
「……来たな!」
カミソリのような鋭い声が、部屋の奥……光の差し込む窓際のほうから響いた。
物がない部屋のせいか、声が異様に反響する。
タシ、タシ、タシ……と床を踏み鳴らす音とともに、大柄なシルエットが近づいてきた。
目を細め、何者かを確認する。
それは……変なおかっぱ頭の、デカい女だった。
不自然なほどの太い眉毛に、彫深のキリっとした顔。
女兵士みたいなしっかりした身体つき。
ボイーンという音が聞こえてきそうなほどの、はちきれんばかりの胸。
真っ黄色に、黒いラインのはいったツナギみたいなのを着ている。
その見るからに怪しげな女は、部屋のど真ん中で立ち止まると……いきなりヌンチャクを取り出してビュンビュン振り回しはじめた。
目にも止まらぬ速さの、見事なヌンチャクさばき。
よく胸に当たらねぇなと見とれていると、
「ホアッ……チャアア! 自分は、ジークンドー女子部のキャプテン、フルール・
自己紹介とともに、ヌンチャクを脇に挟むポーズを決めた。
ああ、たしかこれって……ブルース・リーってやつか?
小学生の頃、オヤジに映画を観させられて、カッコ良さのあまりハマったことがあったんだよな。マネしたりもしてた。
……ブルース・リーごっこ、リンとよくやったなぁ……。
あ、そんな思い出話はさておき……コイツはいったい何なんだ?
まぁ、何者にせよ……キャプテンということは上級生だろう。
俺が軽く頭を下げて会釈をすると、さらに名乗りは続いた。
「ハーレム同好会には、断固反対の立場だ! 貴様が発起人である……ナントカ三十郎だな!? さぁ、勝負だ!」
俺の名前をアバウトに呼び捨てながら、ずい、と一歩前に出てくる。
苦手なタイプだ……と直感した俺は、同じ距離だけ後ずさった。
「しょ、勝負ですか? いったい、なんの…………!?」
「自分と拳を交えて、勝つことができればこの鍵をやろう」
ドンと胸のあたりを叩くキャプテン。
ネックレスのようにぶら下げている古臭い真鍮の鍵が揺れ、にぶく光った。
「だが負けた場合……ハーレム同好会はあきらめてもらう!」
宝塚の男役みたいに、大仰に言い切る。
先ほど聞いたルールでは説明されなかったが、ハーレム同好会に反対するヤツらと戦うってのはルナナから聞いていた。
なるほど……コレのことか……。
拳を交えるってのは、ケンカしろってことだよな。
相手のガタイは俺よりずっといい。
霊長類最強女子みたいなガッシリした身体は、まさしく武道系のキャプテンといった風情だ。
……でも、しょせんは女だろ?
男の俺が本気を出せば、負けることはないだろう。
ちょっとしたイジメみたいになっちまうかもしれねぇな。
勝負は受けて立つとして……ちょっと気になることがある。
ブチのめす前に聞いておくか。
「あの、ちょっと聞かせてもらってもいいっすか……?」
「なんだ?」
「なぜ、おま……あ、いや、キャプテンは……ハーレム同好会に反対なんすか?」
この質問は癪にさわったのか、型破りな警察官ばりの太眉がキッと吊り上がった。
「貴様が我が女子部のエース、華一リンをハーレム同好会に勧誘したからだ!」
厳しく即答するキャプテン。
そういうことか……リンが所属している部のキャプテンにまでバレてるとは思わなかった。
だが、もっと意外だったのは、リンが女子部だということだ。
「えっ……リンって女子部なんすか?」
「ああ、彼女が男子部にいると、男どもの練習に身が入らないようであったから……自分の権限で女子部に移籍させた。
男どもには不評であったが、女子部員からはすこぶる好評であった。
それに今や、彼女は女子部には欠かすことのできぬ戦力となっているのだ……!」
「……キャプテンは、リンから相談されたんすか?」
「いいや。華一の練習に身が入っていないなと思っていた矢先に、風の噂で聞いたのだ。
本人に問い詰めたところ白状したよ、ハーレム同好会に入ろうかどうか迷っているとな」
いきさつを聞いて、ちょっと安心する。
俺から誘われて迷惑なんだったら面と向かって言ってほしかった……と思ってたところだったからだ。
たまにいるよね、人づてに間接的に断ってくるヤツ。
そのほうがショックがでかいってのに。
あれ? でも、リンは迷ってるんだよな? ってことは、ハーレムに入ってくれる可能性はまだあるってことだ。
キャプテンはその迷いを潰すために、ここに来たのかもしれないな。
ってことは……俺がコイツをKOしてやれば、リンはジークンドー部に愛想を尽かすんじゃねぇか?
『三十郎と部活を天秤にかけてたけど、三十郎のほうがスゴかったなんて……やっぱりボクには三十郎についていく!』……って。
よし……!
未来のハーレム王、その第一の下僕のためだ……やってやるか……!
俺がそう決意したと同時に、キャプテンは再び構えをとった。
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