016 デレノート
食後の三段ケーキを食べ終え、俺はもらったプレゼントの包みを抱えて自室へと戻った。
今年の誕生日プレゼントは、服だった。
バンビチョイスの俺用の服と、ルナナチョイスのドール用の服。
どちらも気が向いたら使ってやろうと思い、机の上に放っておいたのだが……いつの間にかそれらの横に、一冊の黒いノートが置かれていることに気づいた。
テュリスがノートの上にしねをつくり、ウッフンと手招きしている。
なんだかウザいので無視していたのだが、PPAPの下品な替え歌を熱唱しだしたので観念して相手をしてやった。
「……コイツは何なんだ?」
「なんや、ついに等身大フィギュアまで入れた男の結末がそんなに聞きたいんかい?」
「そっちじゃねぇよ、ノートのことを聞いてんだよ」
「なんや、歌のことやないんかい」
ノートを手に取ってみると、その上にいた妖精はなぜか少し残念そうな顔をしていた。
コイツに触れてほしくて気を引いてたんじゃなかったのかよ。
「よーく見てみ、書いとるやろ?」
大学ノートくらいの大きさのそれは真っ黒の装丁。
銀色のエンボス文字で『DERE NOTE』と書かれている。
「……ディア? ノート……」
「ディアちゃうわ! デ・レ! これは愛の神獣、チーターの七つ道具のひとつ……『デレノート』や!」
「……なんか、中に名前を書かれたら死んじまいそうなデザインのノートだな」
表紙のフォントもおどろおどろしく、愛の要素は微塵も感じられない。
「死なんわ! 中に名前を書くと、その人間が旦那にデレデレになるんやでぇ」
「えっ」
さらっと伝えられたので思わずスルーしてしまうところだったが……聞き間違いじゃなければとんでもねぇ効果じゃねぇか?
俺は我が耳を疑い「あんだって?」と聞き返す。
我ながら耳の遠いジジイみたいな間抜けな声だった。
「だーかーらー! デレノートに名前を書かれた人間は、ノートの持ち主にフォーリンラブするんやって!」
「まっ……マジか!? なんだよぉ、おいっ! そんないいモノがあるんだったら、もっと早く出せよ! これがありゃ、恐いモノなしじゃねぇか!」
「ただし、ひとり名前を書くごとに旦那の寿命が50割ほど持ってかれるけどな」
「ご……50割!? 50パーセントの間違いじゃねぇのか!?」
コイツは信じられないことしか言わないので、俺は聞き返してばっかりだ。
しかしたとえ50パーセントだったとしても、女ひとり惚れさせるのに寿命が半分になるのは割に合わない。
5パーくらいなら考えなくもない。
「いんや、50割やで、中を見てみ」
言われるがままに表紙をめくってみると、ごちゃごちゃした見開きのページが迎えてくれた。
左側のページには俺の名前「寿三十郎」と、五角形のレーダーチャートがある。
チャートの項目と点数はそれぞれ、
頭脳 4
身体 4
容姿 4
財力 8
性格 1
とあった。
「……なんだコレ」
「最初のページは旦那の名前と、十段階での能力評価やね」
「容姿、頭脳、身体……ぜんぶ平均以下かよ!? 誰が書いたんだコレ、お前か!?」
もしそうなんだったら壁に叩きつけてやろうかと思ったが、
「ううん、アフロ・ディーテ様」
面倒くせぇから突っ込むつもりはねえけど、ソイツはいったい何様なんだよクソッ。
……でもまぁ、頭脳については認めざるを得ねぇか。
学校のテストの順位も平均よりちょっと下くらいだからな。
身体については、スポーツテストで平均……よりちょっと下だから……。
シャクだが、合っているといえば合っているかもしれない。
しかし……しかしだ!
「今は本気を出してねぇだけだ!
ガキの頃は勉強もスポーツもメチャクチャ出来てたんだぞ!
それこそ神童って呼ばれるくらいに!
それと、容姿だけは絶対納得いかねぇ!
そりゃイケメンだなんて言うつもりはねぇが!
準名誉イケメン代理補佐の称号を授かるくらいはあるだろ、俺の顔は!」
俺は熱弁したが、テュリスはフクロウのように首をかしげていた。
「頭脳と身体については現時点での旦那の評価やさかい……。
それと容姿については……うーん、妖精なりにゆうても妥当なとこやと思うで。
でもまぁ、好みの問題とちゃう?」
そう冷静に返されると、ひとりで熱くなってた自分が恥ずかしくなってくる。
それに「妖精なり」なんて言われると人間界では言わずもがなみてぇじゃねぇか。
「まぁまぁ旦那、そないに気にせんと。そのぶん財力は高いんやし……なんたって家に屋上があるやなんて、まるで先輩みたいやないか!」
誰だよ先輩って。
それにこれも「妖精なり」の励ましなのかもしれねぇが、全然嬉しくねぇ。
「そりゃ俺ん家……もっと言えば、オヤジが金持ちってだけじゃねぇか!」
「まあええやん、ええやんか、ないよりはマシやろ? さ、能力についてはこのくらいにして、隣のページも見てみって」
「……おい」
「ん? なんや?」
「性格についてはコメントなしかよ」
「そりゃ……まぁ、妖精なりの心づかいってことで」
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