015
「ケーキの話をしてるんじゃないの!
お姉ちゃんって三十郎の担任でもあるんでしょ?
三十郎が一緒にゴハン食べたくないとか言いだしたら、ビシっと注意しないと!
サンちゃんのお部屋でパーティしましょうか、だなんて甘やかしちゃダメだよ!」
小学生に叱られて、マジへこみする社会人。
「ご、ごめんなさぁ~い……。
あっ、でも、バンビちゃんもサンちゃんみたいに甘えてもいいのよ?
お母さんが戻ってくるまでは、私がサンちゃんとバンビちゃんのお母さんだから」
ルナナは「おいで」とばかりに両手を広げたが、バンビは背を向ける。
「……そういえば、屋上にお母さん、来てたんだよね……今でも信じられないよ」
「バンビちゃんは、お母さんに会いたい?」
「……べつにぃ、今さら、会いたくない……」
自分の足の爪を確認するように下を向き、答えるバンビ。
それはふてくされた子供のようで、大人びた我が妹にしては珍しかった。
うつむいたまま言葉を続ける。
「と言えば……嘘になる……けど……」
バンビの背後に立っていたルナナは、そっと肩を手を置く。
「私もバンビちゃんと同じで、生まれたときにはお母さんがいなかったの。もう今は平気だけど……バンビちゃんくらいの時にはお母さんに会いたくてたまらなかった」
ルナナは耳元でささやきかけるようにしながら、小さな背中を両腕で包み込むようにして抱きしめた。
「だから……お母さんが戻ってくるまでは……せめて私に甘えて、ねっ」
バンビは顔を隠すようにして、ルナナの方を向くと、胸に顔を埋める。
肩を震わせ、吐息のような声を漏らしはじめた。
何か言ってるようだったが、よく聴こえなかったので……俺はバンビの後頭部に耳を近づける。
「……会いたい……会いたいよぉ……お母さんっ……!」
妹の嗚咽を聞きながら、俺は、バンダナを外して自室に戻った。
いつの間にか、窓際にいた。
プレイに夢中になって、別の場所に歩いてっちまうのは……VRあるあるだな。
窓の外に見える、隣の家の屋根。
ソーラーパネルをベッドがわりにしながら、メス猫をはべらしている近所のボス猫がいた。
その様を眺めつつ、掴んでいたテュリスを解放してやる。
「ぷはあっ!? や、やっとシャバに出られた! もうちょっとでプリズンブレイクするところやったでぇ!」
俺の目の前で、凍えるように身を震わせる妖精と……窓の外の、春を迎えた猫たち。
そのさらに遠くに視線を向けながら、ハッキリとした決意表明をする。
「……おい、テュリス。俺は……なる。なるぞ……!」
口に出してみると、なんだか気持ちがシャキッとしてきた。
冷水を浴びたみてぇに、顔も引き締まってくる気がする……!
我ながらキリッとした目を、愛の妖精に向けると……鼻をほじっていた。
「ほーん、で、何になるつもりやねん?」
「……ハーレム王に、俺はなるっ!」
「さよか、ならワイはウェブデザイナーに……って、えええっ!? さっきまでダルい言うとったやん!?」
大口径の豆鉄砲をくらったような顔をされちまった。
「うるせぇ、気が変わったんだ! 俺はやるぞ……やってやるっ!」
本気であることを示すため、握りこぶしを固めて突き出すと……テュリスは感動に打ち震えはじめた。
「おおおっ……!? それでこそワイが見込んだ旦那や! こうなったら、一生ついていきやすぜ!」
俺の小指の爪くらいの小さな拳を、チョンと打ち合わせてくる。
「よぉし、しっかりついてこいよ! ……ところで、ひとつ聞いていいか?」
「なんや、サンの字!?」
「なんでお前、妖精のクセにそんな喋り方なんだ?」
「今さらそこ気にするんかいっ!? ……まぁええわ、妖精の修行のために長いこと大阪におってん。それで関西弁が染みついてもうたんや」
「そうなんだ……」
妖精の修行って大阪でやるんだ……なんかお笑い芸人みたいだな……と思った。
でも、それにしちゃ、変な関西弁だな……とも思った。
まぁ、なんにしても、俺はコイツとコンビになって上方漫才……じゃなかった、ハーレム王を目指すことに決めた。
妖精は知らねぇことだが、妹の涙に誓ったことだ。
心の底から流れ出た、女の涙には……すべての真理が秘められている。
喜びの涙は至高の正しさにして、男の無上の幸福。
悲しみの涙は究極の誤りにして、男の最悪の不幸。
悲しみにくれる女の涙は、何があっても止めなくちゃいけねぇんだ。
そう、絶対に……。
俺は金剛のように固い志を心の中に立てつつ、バンダナを外そうとする。
……が、外れねぇ。
バンダナってのは上に引っ張り上げれば、輪っかみたいにスポッと抜けるはずだ。
きつく締めてるわけじゃねぇから、前髪の生え際くらいまでは苦もなく上げられるんだが……そっから先は引っかかってるみてぇに動かねえ。
結び目を緩めようとしたが、なぜか結んだ時より結び目が固くなってやがる……ガチガチじゃねぇか……!
首をかしげながらもバンダナをグイグイ引っ張っていると、
「あ、その『VRバンダナ』と『きせかえグローブ』は、一度着けたらハーレム王になるまでは外れへんよ」
側でプカプカ浮いていた妖精が、信じられねぇことをぬかしやがった。
「なにっ、マジか!? ふざけんな、こんなダサいのずっとしてられるかよ!」
いまはゴールデンウィークだからまだいいが、もうすぐ学校だ。
それまでに何とか外さねぇと……!
俺は外したい一心で、ペン立てからハサミを取り出してジョキジョキやった。
しかし……生地がぐにゃぐにゃ歪んでぜんぜん切れねぇ。
「ああ、そんなことやっても無駄やで。生地にコンニャクが織り込んであるから斬鉄剣でも斬れへんよ。ちなみに耐火性にも優れとるから、燃やすのも無理やで」
「なんでそんな大事なことを言わねぇんだよっ!? 外れねぇとわかったら着けてねぇよ!」
「だって、聞かれへんかったから……」
「てめぇ……インキュベーターとかそういう別名がある地球外生命体なんじゃねぇだろうな……?」
「まったく、わけがわからへんよ。
そんな素敵な……ブフッ! ファッション小物を嫌がるやなんて……。
って、投げんといて、投げんといてって! ……ぎゃあああああああっ!?」
……けっきょく俺はその日以降、チーター柄のバンダナとグローブを、トレードマークにするのを余儀なくされちまった。
そして、オヤジも家に帰ってくることはなくなった。
ホンモノも、ニセモノも。
俺の十六回めの誕生日は両親不在で、ルナナとバンビ、そしてテュリスの三人で祝ってもらった。
妖精という存在が姉妹に受け入れられるか心配だったが、何の問題もなかった。
特にルナナは「ゴルドニアファミリー」の家具を使ってテュリス専用のスペースを作るくらい気に入っていた。
パーティの席でもテュリスはじっとしておらず、無限クラッカーのようにいつまでも弾けていた。
ふざけてケーキに埋没したり、スープをストローで飲んで転げまわったり、なぜかクリスマスの歌を唄いだしたり、ひとりで大騒ぎしていた。
俺はウザったくてしょうがなかったが、ルナナは涙を浮かべるほど大笑いしていた。
バンビも呆れながらも笑っていた。
ひさびさに賑やかな夕食だった。
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