014
次にバンビを観察する。
ヘアゴムを外して髪をほどいているせいか、少しだけ大人っぽい。
頭の上にはカルピスのような液体がこびりつき、固まろうとしている。
何も知らない年相応の瞳は、眉毛を乗り越えてまでまとわりついてくるネバネバでまともに開けていられないようだ。
細い睫毛にも容赦なく白いものがこびりつく。
キャミソールを脱ぎ捨てると、その衝撃で顔にへばりついていた白い粘塊が頼りない首筋を伝い落ちる。
タンクトップの隙間から入り込み、幼い胸元が白く濡れる。
まだブラはしていないようだ。
膨らみが控えめなので、まだする必要はなさそうだが。
「わぁ、小学生って最高やん? あのホワイトロリータって生後何ヶ月?」
妖精の言葉を黙殺していると、バンビはデニムのショートパンツのホックを外した。
俺に背を向け、見せつけるようにずり降ろす。
ぷりんと突き出される小尻。
Tバックとか出てきたらどうしようかと思ったが……色気のかけらもないバックプリントのついたパンツで、お兄ちゃんはホッとした。
ショートパンツをつまむためにあげた片足は、驚くほど細い。
というか、全体的に華奢だ。
ルナナはむちむちだったが、コイツはまだまだ未成熟。
腹を引っ込めると、あばら骨が浮き出るほどだった。
段々の脇腹を伝ったミルクがパンツを汚し、枝のような太ももに樹液のごとく伝う。
コイツもルナナと同じく、服を脱いだとたん顔から垂れてきた液体で、ロウソクになったみたいに全身がドロドロになった。
母親が、蛇の目でお使いに来てくれなかった少女のようだ。
白い雨でびしょ濡れになった姿を見ていると……傘を持って迎えに行きたい衝動にかられる。
俺は、思いがけないふたりの痴態に目を奪われ、つい見入ってしまっていた。
いまさらながらに、当然の疑問に気づいてしまう。
コイツら、一体なにをやってたんだ……?
料理を作ってたんじゃなかったのか……?
「でも、もしかしたら俺に言えねぇようなことをしてたのかもしれん。ちょうどいい」
独り言のつもりだったが、もれなくテュリスが反応する。
「ちょうどいいって……なにするつもりなん?」
「コイツらの弱みが握れるようなものがないか、探すつもりだったんだ。なんかちょうど良さそうな状況じゃねぇか?」
妖精は「えっ!?」と仰天すると、俺の眼前でハエのようにブンブン飛び回りだした。
「アカンアカンアカン! アカンでぇ! さっき言うたやろ! そんな邪な目的で使ったら力が失われるって!」
それは納得済みだとばかりに手で追い払う。
「こんな面倒くせぇ力、いらねぇよ。コイツらをゆする情報を手に入れたら、使い捨てにしてやる」
しかし払っても払っても、テュリスは「アカン!」を連発してまとわりついてくる。
とうとう顔にまで体当たりしてきたので、ウザくなって掴み取った。
「だ、旦那っ……むっ!? むぐぐ……!」
ちょうど掌でテュリスの顔を包むような形になった。
握った手の中からくぐもった声が聞こえる。
「なんか話しはじめたみたいだから、少し黙ってろ」
それでもまだムームー言ってたので、握力を鍛えるボールみたいにギュッギュッと握りしめてやったら黙った。
俺は姉妹の会話に聞き耳を立てる。
「……あぁもう、髪がベタベタ」
脱衣所の姿見を眺めていたバンビが、とろみのついた髪をかきあげながら不快そうにつぶやく。
その言葉に、後ろにいたルナナが鏡のほうを向いた。
フェイスパックの最中みたいな顔が、今にも泣きだしそうに歪んでいる。
「ご、ごめんなさぁ~い」
「もういいよ、慣れっこだし」
「うぅ、毎度のことのように言われちゃったぁ~」
「お姉ちゃんが料理中に転ぶのは毎度のことでしょ。でも今回は大きなケーキだったから、身体中ベトベトになっちゃったね」
「ごめんなさぁい、サンちゃんの喜ぶ顔が見たくってぇ」
「もういいってば。それよりも……お姉ちゃんは三十郎に甘すぎだよ」
バンビは振り向くと、厳しい口調で人差し指をルナナにピッと向けた。
指先には白いモノがまとわりついている。
ルナナは最初はキョトンとしていたが、すぐにいつもの天然を取り戻す。
「えっ? 三段重ねのケーキは初挑戦だけど、うまくいったらバンビちゃんのお誕生日には四段重ねのケーキを焼いてあげるわよ?」
なだめるように言いながら、宇宙人がするコミュニケーションの手段のように人差し指どうしをくっつけた。
「そしてゆくゆくは、お日様にもおすそ分けできるくらいの高い高いケーキを作りましょうね」
ルナナの指が離れると、長い糸を引いた。
そのまま高く掲げて天井を示す。
バンビもつられて顔をあげる。
ただの電灯を太陽のようにまぶしく見上げていたが、途中で我に返ったのか「違うよっ!」と床をダンと踏みしめた。
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